転籍
1990年代初め、ダウンサイジングの時代に入り、メイン・フレームを主事業としていた日本IBMの経営環境が悪化したこと、およびバブル崩壊の影響により、コスト構造見直しや、関連会社の出向者の転籍、セカンドキャリア支援プログラム(早期退職制度)など人員削減策が実施された。
JIECのプロパー社員と飲んでいるとき、「疋田さんは帰るところがあるからいいけど、僕達には帰るところがないので、この会社にしがみ付いているしかないんだ」といわれ、「プロパーになればいいんだろう」と返してしまい、転籍すべく人事の担当者と相談していた。その時、タイミングよく早期退職制度が発表されたので、即座に応募し、1993年1月1日付けで日本インフォメ-ション・エンジニアリング(JIEC)へ転籍した。このプログラムがなくとも転籍しようと考えていたので、早期退職制度の応募第1号でスム-ズな転向であった。
IBM以外でも早期退職制度が発表されたが、当時は、リストラであるというイメージが強くなかなか受け入れられなかった。私の転籍は、非常にうまくいった事例として、IBM社内でも話をさせられたし、TBSから取材に来られたりもした。
こうして同じ土俵で仕事ができるようになってみると、社員の見る目も違ってきて、赤字担当マネジャーとしては無理強いしなければならない場面が多々あったが、今まで以上に彼らが付いてきてくれたことはありがたかった。




