プロジェクト解散
失敗したプロジェクトや、成否がはっきりしないプロジェクトは、静かに解散していく。関係者は「多くの偶然が重なった」と述懐するだろう。一方、成功時は「多くの支援、協力があった」と型通りの謝辞を述べる。客観的に評価し、反省することはじつに難しい。
失敗は成功の素。成功は失敗の素だ。振り返ると、どうして成功したのか、自分でもよく分からないケースがある。年月を経て気づくこともある。さらに、成功と思っていたプロジェクトが、次の失敗の原因になっていることもある。NHKの番組「プロジェクトX」は、成功プロジェクトにフォーカスしていた。似たようなことをやって失敗に終わったプロジェクトはゴロゴロしている。そこを深く検証する必要がある。歴史家のような役割だ。MBAではケーススタディをやる。多くは成功例を扱うが、実際には失敗例の方が大切だ。太平洋戦争関連の研究は、いまだに繰り返されている。新しい事実が見つかるたびに、歴史観は微修正されている。
中学から英国に留学した娘は、授業がプロジェクトになっていることに驚いた。このことは初回の「プロジェクトって何?」に書いた。数週間から数ヶ月のプロジェクト、1つ1つが評価される。失敗を反省して次のプロジェクトに向かう。そういうプロジェクトの延長上に入試があり、入社があり、会社のプロジェクトがある。多くの仕事は継続しているのに、あえてプロジェクトを宣言するのは、目標を再設定してスタートし、点検のためのエンドを設けるためかもしれない。
いま日本では、引きこもりが社会問題になっている。引きこもり者のケアが議論される傾向にある。「失敗を恥とし、切腹してお詫びする」という思想文化では、引きこもりは切腹の代替えなのかもしれない。一方、狩猟民族では、失敗は日常茶飯事である。欧米人はよくプロジェクトを終えると休暇をとる。英国の学校では、学期の中間に1週間の休暇がある。最初は驚いたが、反省のきっかけもなく、流されて猛勉強したとしても、本当は身に付かない。私も、一度ゆっくり休暇をとり、自分の人生プロジェクトを振り返ろう。




