SE長寿の秘訣(その4)
私は、ラグビーで有名な大分舞鶴高校の3回生である。校舎も出来たばかりだし、机も新品であった。当時は、名門の大分上野が丘高校との合同選抜試験制度で振り分けられており、幸か不幸か私は舞鶴に入学した。伝統校に追いつくため“締まれ(ことに臨んで本気を出すこと)”、“頑張れ(常にプラス志向で元気を出すこと)”、“粘れ(試練に耐える根気をもつこと)”、“押し切れ(一歩踏み出す勇気をもつこと)”の合言葉の下、叱咤激励されて3年間を過ごした。
多分、一流になるための方策であったと思うが、柔道、バスケット・ボールを選択した生徒以外は、体育の時間は1年中全員ラグビーをやらされ、“締まれ”、“頑張れ”、“粘れ”、“押し切れ”の精神を徹底的に叩き込まれた。今振り返ってみると、40年以上に亘る毎日の闘いを突っ走り、今なお現役でおれるのもこの舞高魂であったように思う。 どちらかというと私は鈍い方である。それだけに人一倍頑張らなければならなかったが、人に負けないで生き残るためにもう一つ気をつけたことがあった。それは“人に負けない何かの特技を持つ”ことであった。
コンピュータ技術の発展に伴って、アセンブラ、RPG(Report Program Generator)、COBOL(COmmon Business-Oriented Language)、FORTRAN(FORmula TRANslator)、PL/1(Programming Language One)、APL(A Programming Language)といろんなプログラミング言語が登場してきたが、私はアセンブラ言語しか使ったことがない。これは、私の仕事が主として「オンライン制御プログラム」の開発であったこととも関係が深い。“包丁一本・・・”ではないが、アセンブラ言語のみで過ごしたことになる。
私がプロジェクトマネジメントに興味を持ち始めたのは、日本航空のJALCOMプロジェクトに参画したときである。当時、IBMではアメリカン航空の“SABRE”、パンナム航空の“PANAMAC”、デルタ航空の“DELTAMATIC”等の経験を基に、世界の航空会社が共通して使用できる汎用のプログラム・パッケージ、IPARS(International Airlines Reservation System)を開発しており、すでに導入が始まっていた。IPARSを日本航空に導入するため英国航空へ研修に行き、そこで開発の関係者とお会いして触発された。
JALCOMプロジェクトの経験をまとめ、35年前月刊ビジネスコミュニケーションに掲載させていただいたのが、プロジェクトマネジメントとの関わりの始まりであり、以来36年、私にとっては今や生涯のテーマである。
こうして見ると、アセンブラ言語とプロジェクトマネジメント、そして頑張ることしか人に誇れるものをもっていなかったが、いつの間にかこの歳まで現役を続けることができている。特技をもつことがいかに大切かである。




