オープン系システムへの移行
1990年代のOpSはUNIXサーバとUNIX WSの時代である。この頃新たに開発を開始したOpSは殆どがその組み合わせであった。SUNが最新SPARCチップ搭載の製品を相次いで発表、HPはPA RISCチップでそれに対抗し、ワークステーションとサーバの性能向上がめざましいスピードで進んでいったのもこの頃である。
UNIXのサーバを基幹システムのトランザクション処理に採用するというのは、その頃はそれほど一般的ではなかったが、我々はUNIX WSで勉強したスキルをベースに、当時先進的だったTUXEDOなどのトランザクションモニター(ミドルウェア)を採用し、ハイエンドUNIXサーバの採用を推進した。UNIXサーバにおけるサイジング設計ノウハウがまだ十分ではなかった時代ではあるが、UNIX WSを扱い慣れた我々にとってはむしろ汎用機よりは扱いやすく安価であった。また、全国に張り巡らした当時としては先進的な大規模イントラネットとの親和性も良かった。そして1990年代後半には、電話系、伝送無線系、専用線系など、ほぼ全てのオペレーションシステムが大型のUNIXサーバ上で開発された。初期にDIPSの汎用機やミニコンで開発したOpSもこの頃にオープン系で更改された。
ところで、ダウンサイジングという言葉がはやったのは良かったのだが、PCブームと相まって「何でもパソコンでできる」という誤解が蔓延したのには閉口した。我々が開発するような大型UNIXマシンでようやく動く大型システムについて、経営幹部から「なぜパソコンでできないのか」と聞かれて、その理由を簡易に説明するのは容易ではなかった。中途半端に詳しい人になると、インテルのCPUの性能は汎用機よりも良いとか色々言われ、コンピューターの能力はCPUチップの演算性能だけで決まる物ではないということを、それほどまだ詳しくなかった我々の口から説明するのには骨が折れた。




