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ロンドン金融トレーディングシステム編

2007.11.30|ITエンジニアよもやま話-海を越え、山を越え- このエントリーをはてなブックマークに追加Yahoo!ブックマークに登録この記事をクリップ!BuzzurlにブックマークBuzzurlにブックマーク

Chapter1. 金融技術統括!?
Wangの話もあまりにいろいろあってきりがないのですが、Wangの技術サポートの仕事をしてから数年するとWangVSというコンピュータが金融機関でよく使われるようになりました。

IBM360/370と互換性のあるアセンブラ言語やCOBOL、BASIC言語に加えてWang社の得意な分散型英文ワードプロセッサがコンバインドされたシステムで、海外とのメッセージ交換をMailWayという電子メールや弊社の開発した国際TELEXコントローラでワープロで作成した文書をそのまま直接TELEXで発着信したり、バックオフィスのメインフレームとSNAやBSC通信手順で接続したりしてました。

私は、Wang社のオリジナルの通信ソフトで接続できない日本独自の通信手順や国産のデジタル交換機へ接続したり、各金融当局への報告やお客様の銀行固有の通信手順に対応するために通信プロトコルコンバータを開発したり、日々わが社の金融部隊のための技術サポートをしていたために、先輩からは「君は、技術統括課というより金融技術統括みたいだね」とよくからかわれていました。

しかし、ある日これが本当になってしまったのです。1988年ごろ金融部隊がイギリスからトレーディングシステムを輸入販売することになり、エンジニアとして日本市場向けの開発を手伝ってほしいと上司に相談が入り、半年の約束で金融部隊の助っ人に行くことになってしまったのです。

当時、弊社が輸入販売しようとしていた金融トレーディングシステムは、DataLogic社製で英国の会社の製品になります。米国のコングロマリットであるレイセオン(湾岸戦争当時イラクのスカッドミサイルを迎撃するために配備されたあの有名なパトリオットミサイルを作っている有名な会社)の子会社でロンドンに本社がありました。 まずは、システムを理解するために、初めてロンドンに出張することになりました。

Chapter2. 初めてのロンドン出張
私自身、北米大陸の土を踏むより先に欧州ロンドンへ出張となり楽しみにしていましたが、まず、ロンドンまでのフライトの長さに結構参りました。当時は成田からロンドンまでの直行便の数が少なく、モスクワ経由か、もしくは恐怖のアンカレッジ経由18時間コースというフライトで何回かロンドン出張をしました。ひどいときは、往復アンカレッジ経由36時間世界周回コースも体験でき、今思うといい記念です。

初めてのロンドン出張は、今はなきブリティッシュカレドニアン航空を使ってのモスクワ経由でした。 私は、先発でロンドンに行っているメンバーと合流すべく、海外出張初めての若手営業マンと若手エンジニアを引き連れて出発しました。モスクワに到着して給油のために全員飛行機を下ろされて暇つぶしに免税店で買い物などをしましたが、あっという間に見終えてしまい、やることもないので若い連中を残してさっさと飛行機に戻ってしまったのですが、後から、若い連中に「自分たちを残してひとりでさかさか飛行機に乗ってしまう私のことをひどく冷たい先輩だ。」とか、恨み辛みを言われてしまい、なぜなのか聞いてみると、営業のM君が鈴木さんが飛行機に行ってしまったので、慌てて店を出ようとしたら、ポケットにコインが入っているのを忘れて金属探知機を通過した途端、アラームがなり、自動小銃を構えた軍人に銃を突きつけられて思わずホールドアップしていたのに、私はぜんぜん気がついた様子はなく、飛行機に入っていった私に「先輩助けて~」と心の中で叫びながら眺めていたとのこと。(このM君は、CTCを辞めた後、現在は、マイクロソフトで営業として活躍中とのことを今年、ある方から教えていただき、懐かしくて、思わず、当時のことを書いてしまいました)

モスクワ経由は、直行便とそれほど変わらない12~13時間のフライトでロンドンに到着します。ヒースロー空港からロンドン市内まで車で移動し、SOHO近辺のホテルにチェックインした後、初めてのロンドン市内を散歩したときの印象に残っているのは、ロンドンの街並みが全体的にこじんまりしていて町全体が古い伝統的なビルが多く、位置を把握するまでなかなか時間がかかったことです。(ホテルがSOHO近辺だったので大英博物館まで歩いて行けてエジプトのミイラを見てきたことは、懐かしい思い出です) ロンドン市内は地下鉄網が発展していて移動にはよく地下鉄を利用したのですが、切符の自販機が日本と違って、先に行き先のボタンを押すと金額が表示されて、お金を入れるのですが、つり銭が出ないとか、当時は、駅が古く、木製のエスカレータで地下におりたり、地上に出ると地上に出て辺りを見回すと同じような古いビルばかりで景色を見てここがどこらへんか理解できるまで1週間ぐらいかかりました。

言語でも、米語と英語の細かい熟語や単語の違いなども慣れてしまえば大丈夫ですが、最初は「あれ!?」と思うことが結構ありました。 代表的な例を挙げると、 地下鉄・・・Subway(US) Underground(UK) 出口・・・・Exit(US) Way Out(UK) お持ち帰り・・・Take Out(US) Take Away(UK) です。

地下鉄が便利だとお話をしましたが、ロンドン市内の移動はタクシーもまた、便利です。 ロンドンのタクシー運転手と東京のタクシー運転手の大きな違いは何かご存知ですか? 東京のタクシー運転手さんは、結構、道路を知らない運転手さんも多くて、目的地にたどり着くまでとんでもない時間がかかったり、「お金払ってタクシー乗って何でここまで手取り足取り道順を運転手に教えなければならないのだろう。今日はついていない日だな。」と思うことがありますが、ロンドンのタクシー社会には、運転手になるためにロンドン市内の乗車地点から目的地までをいろろなルートの中で最短距離で行くコースを回答するような試験があって、これに合格しないとタクシー運転手になれないのです。

この話を後に一緒に仕事をすることになるイギリス人の技術コンサルタントから自慢げに話を聞かされたことが思い出されます。それと、もう1つ気がついたことがあります。 通貨は、ポンドなのですが、当時も今も1ポンド=1ドルの感覚で生活では使われていますが、日本円に換算すると1ポンド=200円ぐらいの価値なので物価は結構高いです。アメリカでランチにラーメンを食べる場合は、日本で食べる感覚と金銭的な感覚も変わりませんが、ロンドンで同じようにラーメンを食べるのにお金をドル感覚で使うと後で日本に換算すると実は2倍の金額のラーメンを食べているということになります。(あくまでも感覚ではありますが・・・)

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