ITよもやま話 ロンドン金融トレーディングシステム(後編)
Chapter3. DataLogic社
本社はHarrow on the Hillというロンドン市内の中心部から少し離れたところにありました。前述したDataLogic社は、防衛産業、金融、製造業界向けの製品を持っており、金融部門の主力製品であるトレーディングシステムを輸入販売するために会社からセールス・技術が送り込まれ、最初の2週間程度は、セールストレーニング、後半はエンジニアだけテクニカルトレーニングを受けるという内容で私は1ヶ月間の長期滞在になりました。この間に徹底的にトレーディングシステムとは何ぞや。
どのようなアーキテクチャで実現されているか、DataLogic社製品がどのような優位性を持つシステムなのか猛勉強させられました。さらにこのシステムを日本市場に持っていくためにどのようなローカライズの開発作業が発生するかなど議論したりしました。
当時、ロイターやマイクロノーシスというビデオスイッチングのトレーディングシステムが圧倒的なシェアをとっている中で、DataLogic社のシステムは、ビデオスッチングとデジタルスイッチングのコンバインドシステムで将来的な動向では、金融情報プロバイダーは、徐々にデジタル情報に移行していくという傾向にあり、その中で、いち早くデジタルスイッチングに対応したトレーディングシステムということで先進的でした。(現在は、ビデオスイッチングシステムは、影を潜めてデジタル化が普及しています。)
Chapter4. スイッチングとは
それでは、そもそもビデオスイッチングとデジタルスイッチングとはどのようなものなのでしょうか? 元々は、金融機関(銀行、証券)は、為替、資金、債券、株式、CB、先物、オプションのようなデリバティブと呼ばれる商品など、さまざまな金融商品を個人投資家や生損保、商社、大手企業の財務部門のような機関投資家、あるいは金融機関自らが自己リスクで 売買をして収益を上げるトレーディングやディーリング業務が活発に行われますが、ディーラやトレーダーと呼ばれる人たちが、売買をディシジョンするためにさまざまな金融市場の情報をロイターやテレレート、ナイトリッダー、ブルムバーグ、日経、あるいは各種取引所から配信されるマーケット情報を各情報プロバイダーと呼ばれるベンダーから情報端末を専用線等で接続してマーケット情報をなるべくリアルに取り込んで行ってきました。
しかし、ディーラやトレーダの必要とする情報は多種多様で、そのニーズに応じて情報ベンダーから専用端末を月額レンタルで借り、数十人から大規模なところで数百人規模に提供するコストと物理スペースを考えるとビデオスイッチを利用したシステムがほとんどの金融機関で採用されていました。ディーリングキーボードとマルチスキャンモニターTVを複数台ディーリングデスクに設置し、ワンタッチでマシンルームにあるビデオ信号の交換機であるビデオスイッチを通して必要最低限の情報専用端末の接続とビデオ信号とキーボード信号をディーリングデスク上のモニタTVとディーリングキーボードと接続することでビジネス変化に応じたディーリングルームの構成変更のコスト及び月額の情報サービス料を削減する効果が出せるという仕組みです。
デジタルスイッチングとは、各情報プロバイダーからオンラインで配信されてくる金融情報をUNIXやPCで受信して、データ加工したりリアルタイムに自動計算などしてさらに付加価値データとして他のディーラーに情報として提供するなどデジタル化のメリットが図れるということで注目された技術でした。(現在同様のことが、コンタクトセンターでも起きていると思っているのですがアナログの電話交換機からVoIPに移行することにより、単なる音声通信手段からITを絡めた新しいコミュニケーション手段として注目されているのと非常に似ています。)
当時のPCはDOSからWindowsに移行する直前で、初めてWindows2.0をDellやCompaqの286/386マシンで動かしたりしました。 ビデオスイッチングシステムは19インチラックに収納され、各情報ベンダーから提供される専用端末のビデオ信号とキーボード信号をインタフェースしてシステム共通のビデオ信号に変換して各ディーラデスクに配備されているマルチスキャンモニターTVに配信されます。
システムインテグレーションとしては、アプリケーション開発のほとんどないハードの調達、導入、設定、運用設計のいまで言うインフラSI主体のビジネスということでそれまではコンピュータを導入してもそのうえでアプリケーション開発を伴うSIしか経験をしていなかった私としては新鮮に感じたものでした。
Chapter5. ジャパナイゼーション
ディーリングシステムを日本に導入するに当たり、日本市場向けにシステムのエンハンスメント、カスタマイズが必要になります。
通常のコンピュータシステムの場合は、ハードでしたらコンピュータや周辺機器のAC電源の100V対応(今のようにグローバル仕様でAC90V~230Vまで対応するスイッチング電源のない時代には、国によってAC115V(60Hz)とAC230V(50Hz)によってトランスの交換やACモータのプーリやベルトを周波数に合わせて交換したり、ソフトでは、OSやアプリの日本語化対応など大変でした。)
このシステムの場合は、日本の金融市場固有の情報プロバイダーに対応するためのインターフェース開発(東証、BB、時事通信、QUICK等の専用端末の技術仕様の開示契約締結から、ビデオインターフェース開発)ビデオスイッチの性能面で日本語の高解像度表示を行うディスプレイのビデオ信号をインターフェースするためのビデオアダプタの開発とキーボード信号のプロトコルに対応してDataLogicのディーリングキーボードにエミューレートさせる開発、ディーリングデスクに設置される数十台から数百台のマルチスキャンモニタ(周波数自動追従型のディスプレイ)の調達、営業・保守エンジニアの教育育成など通常のコンピュータシステムとは異なるさまざまな作業が必要でした。
これらの作業をロンドン出張から帰国後、ロンドンから駐在で東京に来た営業のダイレクタと技術コンサルタントと共同作業で行っていきました。コンサルタントのジョン・スティールは、このプロジェクトで初めて日本に来日し、私と2年間一緒に仕事をしました。 50歳前半でかなりベテランのおじさんでしたが、とても優秀でディスカッションがエスカレートすると彼の普段でも早口の英語がさらに早口になって「スティールさんのマシンガンイングリッシュが始まったよ。」と仲間内でよく耳打ちしたのが懐かしいです。
彼らとの2年間は、日本の金融のお客様にシステムをご紹介して提案活動を行う傍ら、社内のショールームにでも環境を構築して、技術的な検証作業、日本の情報ベンダーとの技術開示契約の締結から開示された技術仕様の翻訳、ローカライズしたアダプタのアクセプタンステストの実施、国内調達をするモニタTVの選定から開発支援とさまざまな作業をこなしてあっという間に過ぎた気がします。楽しかった思い出は、ロンドンの本社から次々とマーケッティングやエンジニアたちが来日するとよく日本の居酒屋に連れて行ってあげましたが、日本の居酒屋のつまみはとてもおいしかったようで結構イギリス人たちにうけていました。(確かにロンドンのパブで出てくる食べ物はあまり旨いと思えるようなものがなかったのを覚えています。)
その後は、カラオケに繰り出すのが常でした。当時はまだカラオケが世界的にブレークする前で今のようにKaraokeという言葉が彼らにとって珍しかったころですが、昼間は紳士のように振舞っていたイギリス人も夜アルコールが入ってカラオケを歌いだすと結構、楽しんで時間も忘れて盛り上がっていたのを見ると世界的にカラオケがブームになったのもよく理解できます。(一度カラオケにエンジニアたちを連れて行ってから、よほど楽しかったらしく、彼らが帰国して、次に違うメンバーが来日すると「夜は、カラオケというのに連れて行ってほしい。」と来日するたびにカラオケの話題が出るので「絶対、DataLogic本社の技術部隊の間では、日本に言ったら必ずカラオケに行くべし!」というお達しが出ているのではと思われるほどでした。世界にカラオケを普及するのに我々は多少貢献したのではないでしょうか?!)




