ITよもやま話 金融事業会社 ~Sunとの出会い(後編)
Chapter3.DP9の本番カットオーバー、そして安定稼動までの地獄の3ヶ月
その後、何だかんだといろいろな問題をクリアして、やっと本番を迎える日、月曜日からのシステム稼動に向けて前日の日曜日から、客先である証券会社の本店のディーリングルームで最後のテストを完了しても、心配性の営業部長から「鈴木、悪いけどこのまま明日の本番の待機のためにこのまま居てくれ」と言われ、私服姿なので、せめて着替えに帰らせてほしいと言うと「月曜日の株式売買の後場が終了する月曜日の午後3時までだから、それまでマシン室から出なくていい、そのまま待機してくれ」と執拗に頼まれ、結局、私服のまま客先のマシンルームで、本番初日まで待機する羽目となりました。
Bugの改修やバージョンアップのため、平日は開発作業を行い、週末は客先での徹夜の環境構築と最終システムテストを行い、毎週日曜の深夜に翌週に向けてのリリース判定会議を行い、問題が発覚すると前の環境に戻すという作業を何週間か行いました。プロジェクトメンバーの体力の限界もあり、パフォーマンスの改善とBugのバックログの改修のための期間を客先とPMに交渉してもらい、じっくりと腰をすえて問題解決を行った結果、2~3ヶ月で終息することができました。また、開発テストのステージング機材をユーザが持たなかったために、作業が非効率でなり、最終的には、ステージング機材を購入していただき、リリース判定会議も平日にできるようになりました。初めてのSunを使った本格的なビジネスアプリケーションのプロジェクトで、当時ドキュメントも英文マニュアル以外に解説本もなく手探りで検証しながら開発しましたが、このお客様は約10年ぐらいシステムをお使いいただき、我々もまさかこんなに長期間ご利用いただくとは思わないくらいご利用いただいたので印象深いシステムです。
Chapter4.手作り二重化システム!?
この間にさまざまな機能拡充を行いましたが、お客様にこれは証券ディーリングシステムでミッションクリティカルなシステムなので二重化機能が必要だということで当時、VERITAS社などのHAシステムやクラスタリングシステムがなかった時代に二重化ホットスタンバイのシステムに拡充すべくアーキテクチャ設計を行い、充分なテストを実施した後、本番リリースをしました。
しかし、リリースしてからしばらくして、ユーザからシステム障害でシステムダウンしたというコールが入り、「わざわざ二重化システムに機能拡充したのになぜ止まったのだ」というユーザのお怒りに対して原因を調査したところ、システムダウンの発生する1ヶ以上前に、既にプライマリシステムが障害を起こし、それを検知してセカンダリシステムにスイッチし、コンソールにその旨を警告していたのですが、ユーザが誰も気がつかずに、スイッチを復旧せぬままセカンダリシステムが障害を起こし、完全にシステムダウンしたことが判明しました。そうです。二重化の仕組みはしっかり機能していたのです。ただ、残念なことにその事象に、誰もが気がつかず完全に止まってようやく障害が発覚した、という今でこそ笑い話のような事件が昔はいろいろありました。
Chapter5.CTCFE内「鈴木製作所!?繁盛記」
DP9以降は株式売買トレーディングシステムをSunのプラットフォームで開発し、証券会社の自己売買システムとして導入されました。当時の金融ユーザは、メインフレームベースあるいはミニコンをベースにしたシステムが多く、Sunのようなワークステーションが利用されているケースは珍しい時代でした。私たちが導入するSunのシステムは大方、既存のメインフレームとの連携でのインタフェース開発を頼まれました。
ある証券会社では、株式の自己売買システムをSunで構築する際、東京証券取引所の株式売買システムとオンライン接続するための通信インターフェ-スの開発での、特殊なデバイスドライバを開発したり、あるお客様ではメインフレ-ムから約定デ-タを取り込むインタ-フェスが紙テ-プしかないということで、わざわざSunシリアルポ-トに、スウェ-デン製の高速紙テ-プリ-ダパンチャを接続するため、ドライバソフトを開発したりしました。社内のラボで、弊社の経営幹部が海外からのエグゼクティブに開発環境を案内し「ここがわが社の自慢のラボで最先端の開発を行っています。」と英語で説明しているさなかに、けたたましいバタバタバタという騒音を出しながら私の作ったドライバソフトが、紙テ-プを大量に吐き出されるのを見て、バカ受けしたのが今でも酒の肴で語られています。紙テ-プは紙切れやジャムったり(絡まったり)して操作不能になると、警報がなるような仕組みにし、最初の段階では音声デ-タでやさしく警告を発しました。しかしながら、本番テストでは、人の声でメッセ-ジを発しても、あまりの騒音に誰も気がつかないことがわかり、誰でも気がつく警報メッセ-ジとして、サンプルで提供されていた「ガッチャーン!ガッチャーン!」というガラスの割れるものを試したところ、騒音の中でも聞き分けられた為、結局、私が作った紙テ-プインタフェ-スシステムの警告音は、ガラスの割れる音でリリ-スされてしまいました。
また、既存の勘定系システムから約定データをもらうことが多く、IBM、UNISYS、富士通などのメインフレームとSunとを接続するために、エミュレータソフトを駆使し、UNIX/Cのプログラムとホストアプリケーションとを会話したり、メインフレームからはあたかも自身の端末として認識して画面データを送っているつもりが、実はSun側ではCのアプリケーションが動いていてデータベースへの読み書きを行ってしまうので、ほとんどが自動で処理されるサブシステムを作ってしまったりしていました。外資系証券会社では東京支店全体に、デスクトップマシンとしてSunが標準で導入され、IT部門のエンジニアがシェルスクリプトを駆使してほとんど自動化していたため、当局への報告のファイル転送に全銀通信手順を使用しなければならなかったが、わざわざ手動操作で動かすDOS版の全銀通信手順は使いたくないということで、Sunのシリアルポートから直接、全銀通信手順が使え、シェルスクリプトからコマンドラインで制御できるシンプルなパッケージを開発したところ、外資系金融機関を中心にささやかなヒット商品になったこともありました。
というわけで、社内でも何かわけの分からない案件になると一声かかるCTCFEの鈴木製作所と呼ばれるようになってしまいました。
<To be Continued>




