なりたい自分になるII
真夏の北京オリンピックも終わり、いろいろなドラマが生まれた。
個人的には今回のオリンピックで彗星のごとく現れた体操の内村選手を応援していた。
思い切りのいい大技とそのチャレンジ精神に魅了された。
サッカー、野球などに比べ体操はマイナースポーツと見られがちですが、
今回の北京オリンピックを見て、内村選手のようになりたいと思った子供たちも
多かったのではないでしょうか。
それは確か私が小学5年生の時。昭和39年東京オリンピックの年だった。
オリンピック競技のための数々の競技場が建設され、外国からの観客、観光客のために
ホテルなど宿泊設備も整備された。オリンピックに向けて、首都高速道路も整備された。
まさに建設ラッシュ。このオリンピックの東京開催が当時の高度成長経済に拍車をかけていた。
日本人が大いに自信を持つキッカケとなったような気がする。
自国開催ということもあり日本人選手は大活躍。
中でも、体操は華やかだった。男子も女子も多くのメダルを獲得した。
当時の小学校の体育授業。鉄棒、跳び箱などで小学生みんなが胸を張り、
両手を挙げるオリンピック選手のフィニッシュポーズをマネしていた。
このときは私も心底、オリンピックの体操選手になりたいと思った。
そして、毎日、日が暮れるまで練習した。当時、逆立ちして30m歩くことができた。
これらの練習の甲斐あってスポーツ検定でも1級を取得することができた。
しかし、中学校では野球、サッカー、バスケットボールなど球技が中心。
球技は得意ではなかった。
その後、大学を卒業し気が付いたらサラリーマン。
大組織の中で自分のやりたいことを実現するのは難しい。
でもひょんなことから10年前に「ぷらら」の社長をまかされた。
当時の「ぷらら」は大赤字。会社経営はやったことなかったが、
これが「自分には合っていた」と思う。
リスクと責任さえ覚悟すれば、やりたいことをできる領域は広がった。
最先端の経営手法を勉強し、これらを取入れて死に物狂いでやっているうちに
半年で単月黒字、翌年には単年度黒字を達成できた。
最近つくづく思う。「本当に自分は何をやりたいのか」、「何が自分にあって
いるのか」よくよく考えるべきと。
そうすることにより、「夢の実現」の確率も
「なりたい自分になる」確率も飛躍的に高まると思います。




