猿でもわかるテレビ会議の本質
あらためて言うまでもないが、離れた会議室を映像通信でつないで、相手の表情を見ながら遠隔会議が行えるのがテレビ会議である。
歴史を振り返ればアナログテレビの発明とほぼ同時に発案されている。その後、1980年代後半にデジタル電話網(ISDN)の実用化と、MPEGに代表される映像圧縮技術の進化により、多くのオフィスに普及が進んできた。
出張コストの削減だけでなく、最近ではCO2削減の観点からも再注目されていて、益々利用者は増えそうな勢いであるが、いつもテレビ会議を使う度にちょっと違和感を覚えるお猿さんなのである。というのは、話題や構成メンバーにかかわらず、議論がこちら側にいるAチームとテレビに映し出される向こう側のBチームの戦いになりがちなのである。隣にいるメンバーに比べ、テレビの向こうにいるメンバーは距離感(実際に遠くにいるのだが)を感じてしまう。 なぜなのだろうか?
技術的には、ハイビジョン映像で顔の皺までくっきり映せるし、伝送のタイムラグも殆ど無くなり会話がぶつかることもなくなったのであるが…。
映画で“事件は現場で起きている”という名セリフがあったが、 “会議は会議室で(一堂に会して)行われる”というとことが根っこではないかと考える。現在のテレビ会議は、複数の会議室を映像中継で結んでいるだけで、決して一堂に会しているわけではない。そう考えると、AチームとBチームの戦いになるのもうなずけるのではないだろうか。
この仮説が正しいとすれば、どうすればこの違和感を解消できるのだろうか。簡単である。会議室においては遠隔地に居る会議メンバーが、あたかもそこに同席しているかのような「存在感」を醸し出せばよい。また、遠隔地からの参加者は、あたかもその会議室に居るかのような「没入感」を感じられればよいのである。技術的にこれをどう解決するかはちょっといろいろハードルがありそうだ。少なくとも、同じテレビ会議装置でA地点とB地点をつなぐ現在のやり方とは、コンセプト的に全く別物で、いわゆる「存在感」装置と「没入感」装置をうまくつなげてやらねばならない。
いっそのこと、実世界の会議室ではなく“セカンドライフ”のバーチャル世界に会議室をこさえて、そこに全員がアバターで参加するという手もありそうだ。ただこれでは「没入感」は得られそうだが、CGのアバターでは「存在感」が今一つのような気がする。
「一堂に会する」ことの追及が、テレビ会議普及の鍵になるのではないだろうか。会議は1つの会議室で行われるべきものと信ずるお猿さんなのである。




