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温故知新

2010.05.17|通信ソフトウェア開発 このエントリーをはてなブックマークに追加Yahoo!ブックマークに登録この記事をクリップ!BuzzurlにブックマークBuzzurlにブックマーク

まだ学生だった頃、大学の研究室でPC-9801というパソコンを愛用していた。随分と懐かしいが、そのパソコンでFORTRANによる科学計算を日々やっていた。確か一太郎がようやく出始めた頃で、EXCELなんて影も形もなかったと思う。科学計算した結果をパソコンの画面にグラフ化して出すことまではライブラリ(画面上のx軸y軸上にドットをプロットできるもの)があったので出来たのだが、グラフを印刷したいが、そんな機能がない。なんとかせねばなるまいということで、仕方なくパソコンに画面に映したグラフをそのまま印刷するライブラリを自作した記憶がある。

当時、PC-9801には攻略本?のようなものがあり、パソコン内の入出力インタフェースの詳細(アドレスとか割り込みとか)とか画面回りのメモリの仕組みが書かれていたと思う。また、プリンタも懐かしいラインプリンタで、プリンタの説明書には入力インタフェースの動作仕様が細かく書かれていた時代だった。PC-9801の攻略本とプリンタの説明書にかじりつき、画面メモリの情報をプリンタの入力インタフェースに並べ替えて出すロジックを機械語で書いて、ライブラリ化してというのを熱中してやったことを憶えている。

さて、ここからが本題である。今の世の中なら、簡単なプリンタドライバを自作したということになると思うが、最近はプリンタドライバを自作するなんて人はほとんどいないだろうし、パソコンの画面のドットを意識してプログラムを書くようなことを意識する必要もなくなっている。もっと高度で知恵を使うところに力を注げる時代であり、本来そうしていくべきなのだろう。しかし現実には、難しいところがマスクされたやさしいアプリケーションソフトを、さらにやさしく誰でも作れるようにしていく流れにある。現在でも一部の人は、難しいところをマスクされていない時代に力を付けてきた人で、そういう人達は、難しさもわかる。故にやさしいソフトの作り方も指導できる。今から10年も経てば、やさしいソフトの作り方を指導できる人が現場から更に少なくなり、やさしいソフトでも失敗を重ねる時代がやってくるかも知れない。ソフト開発者にとっての温故知新は考えないといけない局面にあると思っている。

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