●ネットワーク社会を変えるIPv6の世界

 東京大学大学院
 情報理工学系研究科
 助教授
 江崎 浩氏

リアルスペースインターネット社会への展開を切り開く
「IPv6技術」


 20世紀の情報通信基盤は、インターネットプロトコルIP(InternetProtocol)をそのコア技術として、信頼性のある産業・生活基盤としての役割を果たさなくてはなりません。IPバージョン6(以下、IPv6)基盤は、今後ますます加速するエンド・システムの高機能化と、ネットワークの透過化かつ高速化の継続的な発展を推進するための必須の技術です。IPv6技術は、1990年頃から、インターネット技術のグローバルな業界標準(DeFacto)を決定しているIETF(Internet Engineering Task Force)において、その技術検討が開始され、すでに基本的な技術標準化が完了しています。IPv6システムは、政府のe-Japan戦略においても中核的な基盤技術として位置付けられ、いわゆる研究的な開発および実験から、実運用・商用運用の段階へと進展しました。この傾向は、わが国特有の現象ではなく、もはや、グローバルインターネットにおいても、IPv6技術の導入に向けたさまざまな施策(欧州における6NETやEuro6IXプロジェクト等)が展開されるようになってきました。

本稿では、IPv6技術が導入されるべき必要性と必然性を解説するとともに、IPv6技術の特徴と研究開発の現状、さらに実ネットワークへの導入状況、各国におけるIPv6に関する取組みを外観し、さらに、今後の展開を展望します。

■次世代インターネット時代に向けて

 インターネットは、地球上で最も複雑な自律的分散情報システムであり、常に新しい技術やサービスを導入しながら、現在も驚くべき速さで成長を続けています。インターネットは、これまで、TCP/IP技術を用いたオープンなグローバルネットワーク化(第1の波)、Web技術の導入による利用者の一般化(第2の波)、信頼性向上技術の向上によるビジネス化(第3の波)という、3つの大きな波を経験し、今、常時接続(ネイティブインターネット)を前提としたブロードバンド化とユビキタス化という第4の波を経験しています。これまでのインターネット成長と発展を支えてきた基本原理は、言うまでもなくエンドエンドアーキテクチャー(End-to-End Architechture)です。エンドエンドアーキテクチャーにより、ユーザー側が主役となって、地球規模の新しいサービスを迅速、自由にかつ低コストで実現することができます。エンドエンドアーキテクチャーを維持し、この第4の波を実現発展するために必須となる基盤技術がIPv6技術なのです。

 インターネットは、今後、欧米、アジアの工業的先進国のみではなく、アジア、アフリカ、南米の発展途上国にも幅広く展開されるとともに、工業先進国ではさらに高密度(ユビキタス化)で普及しなければなりません。

 現在のインターネットで広く用いられているIPバージョン4(以下、IPv4)技術は、1970年頃のインターネットシステムを仮定して設計されたものであり、コンピュータの数は、比較的少なく、技術知識の高い専門化(研究者)が利用者であり、さらに、コンピュータは移動しないものであると仮定されていました。21世紀のインターネットでは、このようなIPv4では解決できなかった問題を解決することは、もはや不可能であり、これらの課題を解決するIPv6の導入が必須となるのです。

 1990年初頭、インターネットが急速に普及したために、特に、IPアドレスの不足と経路数の増加が、IETF(Internet Engineering TaskForce)において、懸念されるようになりました。そこで、この問題をどのようにして解決していくべきかという議論が開始されました。1960年代以降、初めて、本格的に新しいプロトコルを議論設計することになったため、今後のインターネットに必要な以下の新しい要求条件を満足するようなプロトコルの設計を行うことになりました。

・セキュリティ機能
・モビリティ機能
・プラグアンドプレイ
・マルチキャスト


 IPv6は、IETF において技術検討が開始されたとき(1991年)には、IPng(IP next generation)と呼ばれ、1994年7 月に基本的なプロトコル設計の方向性(SIPPを基本にする)が決定されました。

■IPv6の技術的な特徴

 IPv6の技術的な概要を、IPv4と比較しながら、簡潔にまとめます。

@アドレス空間の拡大
 IPv4のアドレス長は32ビットであるのに対して、IPv6はその4倍の128ビットのアドレス長を持ちます。
32ビット=4,294,967,286(約43億)
128 ビット=340,282,366,920,938,463,463,374,607,431,768,211,456

 IPv6が提供するアドレス空間は、IPv4のアドレス空間の2の96乗倍もの大きさとなります。

Aアドレスアーキテクチャー
1)階層的なアドレス構造
2)アドレススコープの導入
3)アドレス種別の明確化


Bマルチキャストの標準化

Cパケット転送の高速化への対応

1)ヘッダフォーマットの簡素化
2)パケットのフラグメント(分割)の廃止


Dリンク層とネットワーク層のアドレス解決
1)ARP(Address Resolution Protocol)機能をより一般化、高機能化し、NDP(Neighbor Discovery Protocol)機能としました。
2)不到達性の検知を能動的に行うものとしました。

Eセキュリティ機能
 IPSecを、IPv6が実現すべき標準の機能としました。

■第4の経営資源である「情報」に着目


 「IT革命」が流行語となっていた2000年、横浜銀行は「地元でのリテール営業力の強化」をはかるため、「人」「お金」「もの」に続く第4の経営資源として「情報」に着目。データベースを有効活用した「法人スモールビジネス」「消費系ローン」への本格参入の準備を進めていた。

 しかし、いざ着手してみると、行内の各種データベースは「必要な情報が蓄積されていない」「蓄積されていても情報が散在している」といった状況にあることが判明。そこで、早急に情報基盤の整備を行うために、2001年7月にデータベースの整備をミッションとした「データ統合戦略室」を設置した。横浜銀行データ統合戦略室の鈴木嘉博室長は、同室での情報基盤整備について次のように語っている。

 「情報基盤の整備を行うにあたり、NTTデータのIMDAを活用したDOAアプローチにより、国内営業部門領域のデータ管理・蓄積体制の調査を行う『データ基盤整備プロジェクト』を2002年1月にスタートさせました。この手法の有効性を見極めるために、第1ステップとして個人ローンの領域に限定し、約5ヶ月間にわたり関連部署のヒアリングを重ね、同年5月に個人ローン領域のデータベースのあるべき姿を『データ基盤整備方針』としてまとめたほか、概念データモデル(データ構造と項目ごとの定義内容)をコンテンツとしたWebベースの『データ辞書』を構築しました。

 以上が、IPv6技術の、非常に大まかな概要です。また、技術的な特徴として次のような事柄があげられます。
・アドレス空間の拡大によるエンドエンドアーキテクチャーモデルへの回帰と維持
・集約可能な階層的アドレスアーキテクチャーの導入による効率的なアドレス管理と経路数の増加を防止
・マルチキャスト/モビリティ/セキュリティという新たな機能への対応・アドレス自動設定機能やネットワークレベルでのIPアドレスのリナンバリングなどプラグアンドプレイ機能の充実

■IPv6研究開発の現状


【オペレーティングシステム】
 通常のパソコンやワークステーションにおいて利用されている、汎用のオペレーティングシステムのIPv6対応は、2001年9月時点で、ほぼ完了しているといえるでしょう。
・マイクロソフト:
 Windows 2000およびWindowsXPでは、マイクロソフト社自身が提供するIPv6スタックが提供されています。さらに、組み込み用のOS としても利用されているWindows CEのIPv6対応版のリリースも予定されています。さらに、WMT(Windows Multimedia Technolohies)技術のIPv6対応も完了しています。
・サン・マイクロシステムズ:
 Solaris8から、すでにIPv6対応を行っています。
・アップルコンピュータ:
 MacOS-X から、マッキントッシュのネットワークコードは、UNIXのネットワークスタックを参照利用しています。
・BSD系UNIX:
 KAMEプロジェクトが提供するIPv6プロトコルスタックが採用されており、すでに正式配布パッケージでのIPv6への対応が完了しています。
・LINUX:
 USAGIプロジェクトが、LINUXのIPv6プロトコルスタックの品質向上を推進しています。
・その他:

 産業用システム(例えば携帯電話など)用の組み込みOSとして、日本国内で広く利用されているTRON のIPv6化も、ACCESS社によって行われました。さらに、ネットワーク機器用の組み込みOSとしては大きなシェアを持つVxWorks(WindRiver社)のIPv6化も完了しています。

【ルータ】
ルータ市場の最大のシェアを持つシスコシステムズ(Cisco Systems)社をはじめとして、バックボーンルータ市場で第2位のシェアを持つジュニパー(Juniper)社も、IPv6のサポートをすでに行っていますし、国内のルータベンダーのほとんど(日立製作所、日本電気、富士通、ヤマハ等)も、すでにIPv6機能を盛り込んだ製品を市場に投入しています。
・バックボーン:
 すでに、ほとんどのルータが、ハードウェア処理によるIPv6パケット転送処理が可能となっており、Wire-Speedでのスイッチングが可能です。バックボーンのルータで必要な経路制御プロトコルであるBGP、OSPFおよびRIPの開発もすでにほぼ完了しています。
・アクセス:
 最もIPv6への対応が必要なルータおよびネットワーク機器なのですが、IPv6への対応が最も遅れているカテゴリーといえるでしょう。特に、ADSLやケーブルインターネット用のネットワーク側に設置する集線装置系の対応が遅れています。また、BAS (Broadband Access Server)と呼ばれる、ADSL/ケーブル/FTTHなどのブロードバンドアクセスネットワークのための認証サーバーのIPv6対応も行われなければなりません。
・SOHOルータ:
 SOHOすなわちHome OfficeやSmall Office用のコンパクトなルータです。これまでは、アナログモデムやISDNルータが主流でしたが、ブロードバンドの進展に伴い、ADSLやケーブルインターネット用のSOHOルータのIPv6対応が進んでいます。家庭内やオフィス内では、IEEE 802.11b等の無線LAN技術を用いる場合も増えており、これらは、通常非常に単純なリンクレイヤ機能のみを持っており、IPv6への対応に関しては、何の問題もありません。

【サーバー】
 サーバーノードとして、一般的に用いられる計算機(BSD系UNIX、SUN Solaris、Linux、Windows等)は、前述の通りすでに、IPv6への対応を終えています。したがって、基本的には、サーバー上で動作するさまざまなアプリケーションが
IPv6への対応を行えば、IPv6化が進むという状況にあります。

【アプリケーション】
 IPv6 が本格的に利用され普及するためには、いわゆる計算機のユーザー空間で動作するユーザーアプリケーションが開発されなければなりません。このようなアプリケーションの中には、ネットワーク管理ソフトウェアのようなネットワークの運
用に関係するソフトウェアをはじめとして、Webブラウザ、メディアプレーヤー(e.g.,RealVideoシステムやWMT等)、あるいは、FTPやTelnet/SSHのような基本アプリケーションなど、いわゆるミドルウェア機能を実現するソフトウェアの開発と導入が進展しなければなりません。このようなソフトウェアを開発するための、MIBの定義や、アプリケーションインタフェース(API)の規定はすでにほぼ完了しており、Production Qualityでの導入と運用に向けた段階に入りつつあるのです。

■IPv6の普及に向けた活動

 IPv6技術の研究開発と普及、特に、Production Qualityレベルのネットワークの構築と運用に向けて、国内外において、さまざまな活動やプロジェクトが推進されています。

【国際的活動】
・6REN
 IPv6 Research and Educational Network (http://www.6ren.net/)略。6RENは、米国エネルギー省(DoE;Department of Energy)の研究ネットワークであるESNET(Energy Science Network)の調整役を行っている、カリフォルニア大学(USC)Lawrence Berkeley 国立研究所のBob Fink 博士が中心となって推進している活動です。Production Qualityのグローバルな研究教育ネットワーク(R&Eネットワーク)を構築運用するための、技術開発やネットワークの構築運用を推進することを目的としています。

・IPv6 Forum(http://www.ipv6forum.com/
 IPv6に関係する産業界、IETFコミュニティ、IPv6 R&Eネットワークコミュニティから構成されるフォーラムで、IPv6の普及に向けた産業界やユーザーコミュニティの啓蒙活動を行うために設立されました。IPv6フォーラムは、技術仕様の標準化活動は行わず、「v6サミット」と呼ぶコンファレンスの開催などを通じて、IPv6技術の現状と利点を啓蒙しています。

【欧州における活動】
・GEANT(http://www.dante.net/geant/
 次世代インターネットに関する4年間のプロジェクト(2000年11月にスタート)。欧州の27カ国のNREN(National Research and Educational Network)を相互接続しています。幹事/事務局はDANTE、資金源はEuropean Commissionの第5プログラム(Framework V Programme)です(TEN-155の後継)。

・6WINIT(http://www.cs.ucl.ac.uk/research/6winit/
 無線技術を用いたインターネットシステムの研究開発を推進するプロジェクトであり、欧州最初のIPv6-3G Mobile Internet Initiativeの運用を目指しています。6 WINITの目的は、有線のインターネットと無線のインターネット(広域セルラ技術と無線LAN技術の両方を考慮している)とを、有機的に相互接続してシームレスなIPv6インターネット環境を構築するための要素基盤技術の研究開発と運用ネットワークの構築と運用を行うことです。

・6NET/EURO6IX
 欧州全体にまたがるIPv6バックボーンとして、欧州の情報通信キャリアが協力して構築したEURO6IXと、シスコシステムズ社を幹事として構築された6NET が存在します。

・IST FP6(Framework Program6)
 現在、欧州は、第6次の科学技術研究開発プログラムFP6の検討を行っています。この中で、IPv6は重要な基盤技術と認識されています。

【北米地区での活動】
 北米地区におけるR&Eネットワークおよび商用ネットワークのIPv6化は、残念ながら、必ずしも順調には進んでいません。しかし、米国の産と学とが共同で運用するR&EネットワークであるAbelineがI Pv6化を推進しています。Abelineのバックボーンルータは、IPv6への対応を行う目的もあり、シスコシステムズ社のGSRからJuniper社のT640に総入れ替えが
完了しようとしています。

【アジア太平洋地区での活動】
 アジア太平洋地区におけるR&EネットワークであるAPAN(Asian Pacific Advanced Network)、さらにAPANには、アジア各国を片方向の衛星リンクで相互接続したAIII(Asian Internet Interconnection Initiatives Project,http://www.ai3.net/)もIPv6化が完了しています。

 中国においては、MII(情報産業省)の研究所が中心となって推進している6TNETが北京に構築され、IPv6対応機器の中国国内のISPへの導入に向けた評価を展開しています(総務省が協力)。また、国家計画委員会は、経済産業省と協力してIPv6テストベッドの構築と運用を計画しています。

 台湾でも、IPv6フォーラムの設立やIPv6 R&Eネットワークの構築など、IPv6への対応が加速しています。

【国内活動】
・IPv6 普及・高度化推進協議会
 2000年10月に、総務省などの支援を得て設立されました。協議会委員長は慶應義塾大学の村井純教授です。4 つの分科会(WG :Working Group)が組織化され活動を展開しています。

1)IPv6 アプリケーション開発WG
2)IPv6 実験網構築WG
3)IPv6 テクノロジーWG
4)基本戦略WG


・IPv6ディプロイメント委員会 (http://www.iajapan.org/ipv6/
 インターネット協会(http://www.iajapan.org/)では、IPv6に関する「普及啓発の活動」「情報交換の場の提供」を主な活動目的として、2001年4月に「IPv6ディプロイメント委員会」を設立しました。委員会の開催を中心としてIPv6の技術や運用などに関するセミナー開催や研究会の開催、APNIC Policy Meetingへの参加、APRICOTへの参加などを行うことを予定しています。

・総務省/通信放送機構JGN
 JGN(Japan Gigabit Network,http://www.jgn.tao.go.jp/)は、1999年度から運用を開始し、研究開発の促進を目的とした、全国規模の広域広帯域ネットワークです。レイヤー2サービスのみを提供してきたJGNにおいて、2001年度に、IPv6のサービスを提供するためのネットワーク基盤を構築し、IPv6のサービス提供は開始されました(2002年4月)全国26カ所にIPv6ルータを配置しており、事実上世界最大のIPv6のR&Eネットワークとなっています。

【インターネットエクスチェンジ】
 IPv6のサービスを行っているプロバイダー同士を効率的に相互接続するために必要となるI X(Internet eXchange)は、すでに、10カ所で運用されています。
・北米:6箇所:6IIX(KDDI系の米国ISPのテレハウス)、6TAP(R&Eプロジェクト)、フロリダIX(ベルサウス社)、NY6IX、
PAIX(MFN社)、S-IX(NTT)。
・欧州:3箇所:AMS-IX(アムステルダム)、INXS(ミュンヘン)、UK6X(テレハウス社)。
・アジア:1カ所:アジア地区においては、WIDEプロジェクトが運用するNSPIXP 6(http://www.wide.ad.jp/nspixp6/)とNSPIXP2が唯一のIPv6-IXとなっています。

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(こちらは2003年2月号になります)

(この続きの内容)
■IPv6の展開
■むすび

 

 


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