●次世代キャリアインフラの基盤技術、MPLSの今後
 東京大学大学院
 情報理工学系研究科
 助教授
 江崎 浩氏

高速性から、新技術への適応へ
期待とともに進化する「MPLS」


 インターネットが抱えている多くの技術的課題を解決する技術として注目を浴びている「MPLS (Multi Protocol Label Switching )」技術は、当初ATM (Asynchronous Transfer Mode)技術を利用した高速大容量のルータを構築するものとして、IETF(Internet Engineering Task Force)において標準化が開始されました。その後、データリンクのマルチプロトコル化、VPN(Virtual Private Network)およびトラフィックエンジニアリング技術への適用が行われ、今後、急速に進展するブロードバンドインターネットや、キャリアインフラを支える基盤技術として大いに期待されています。

 本稿では、このMPLSの登場とその背景から技術の変遷、市場の動向、今後の展開について紹介します。


図1 MPLSの変遷

1.MPLSの登場と背景

■インターネット時代に向けて

 1990年、私が東芝に籍を置いていた頃ですが、同社の要請で米国のニュージャージー州にあるAT&T社のベル研究所(ベルコア)でATMとインターネットに関連した共同研究を行っていました。当時のベルコアでは、「ギガビット・テストベット」という研究を行っていました。当時は「ナショナル・スーパーハイウェイ構想」が発表される2年ほど前ですが、米国ではすでにベルコアで行っていたようなテストベット(開発系試験設備)を5つほどつくり、高速情報通信ネットワークの研究を行っていました。

 私が居たベルコアで行っていたプロジェクトは、確か「AURORA(オーロラ)」というもので、MTI(マサチューセッツ工科大学)とベルコアとペンシルベニア大学との共同プロジェクトです。同プロジェクトには、MITのデビット・クラーク氏、ペンシルベニア大学のデビット・ファーバー氏、そしてベルコアのデビット・シンクロスキー氏といったインターネットの草分け的な方々が参加していました。そこでは、「ATMとインターネットをどのようにして融合させるか」ということと、「非常に高速なインターネット環境があった場合に、どのようなアプリケーション、ミドルウェアをつくっていくか」ということをメインテーマとしていました。私は丁度、このような研究を行っている時にベルコアに居ましたので、大いにインターネットに関心をもつようになりました。その後1991年に帰国し、インターネットに関連した研究に取組み、1994年頃から、東京工業大学の太田助教授と、MPLSの土台になるようなアーキテクチャー、新技術についての話し合いをはじめました。

■MPLS元年、「IPスイッチ」「CSR」「タグ・スイッチ」の登場

 私たちの話し合いとは別に、1994年頃に、東芝とサン・マイクロシステムズ社とのインターネットに関連した共同研究を行おうとの動きがありました。しかし、この共同研究は実現しなかったのですが、この時のサン・マイクロシステムズ社側の担当者であった方が、その後、イプシロン・ネットワーク社(現、ノキア社)を設立し、1996年にMPLSの原型となる「IPスイッチ」を発表します。IPスイッチは、IPレベルの通信にコネクションの仕組みを取り入れ、ルータのパケット転送処理の効率化、高速化を可能にしたものです。同製品は、当時私と太田助教授とで構想していたものが「そのまま形になった」といえるようなもので、業界に大きなインパクトをあたえました。そして、IPスイッチが発表されたのをきっかけに、MPLSは標準化へと動いていきます。しかし、対象としていた領域が各社のビジネスに関連したバックボーンでしたので、なかなか話が進んでいきません。


図2 次世代高速ルータの必要性とインターネットの成長

 このような状況の中、1996年7月に東芝がレイヤー3スイッチの手法「CSR (Cell Switch Router)」を発表。また同年7月にシスコシステムズ社がLANスイッチの高速化手法「タグ・スイッチ」を発表します。このタグ・スイッチは、ATMスイッチのエンジンを使用して、インターネットのトラフィック転送を行うことで非常に高速にパケット処理を行えるようにしたものです。

 そして同時期に発表をした東芝とシスコシステムズ社は、共同で両社の技術をまとめてIETF (Internet Engineering Task Force)へ提案しました。ここまでが、MPLSの黎明期にあたります。

2.高速性から新技術へ

■各社のアプローチ

 私が本格的にMPLSの仕事をはじめたのは、インターネットの成長がはじまった1992年頃からです。

 インターネットが拡大をしはじめた1995年頃、インターネットの経路の数、つまり「インターネットに幾つくらいのネットワークが存在しているか」ということを分析したところ、その数が指数関数で増えていき、約6ヶ月で2倍になるというスピードで増えていることがわかりました。その結果、元々計算機であったルータは、その中で情報をすべて保持してパケット処理を行わなければならないため、ハードウェア的にとても厳しい状況になりました。その解決策として次の2案が考えられたのです。一つが、ルータのハードウェア化。ルータ専用のLSIをつくり、高速なパケット処理を行うという方式です。もう一つが、レイヤー2のスイッチをうまく活用して、高速にスイッチングしてしまうという方式です。当時、私が居た東芝は、後者の方を取り組んでいました。

 MPLS登場の技術的な背景として、1990年代前半に課題として出てきた、ルータの処理能力の高速化に向けたハードウェアのスイッチエンジンの開発があげられます。そして登場に際しては、当時、非常に高速でスケーラブルなハードウェアスイッチであったATMスイッチを使用しました。これが東芝とイプシロン・ネットワークス社が行ったアプローチです。

 当時のアプローチは、さまざまなものでした。東芝はITU-T(国際電気通信連合電気通信標準化部門)のスペックを守りながらインターネットへのアプローチを行いましたが、ITU-Tと関係なくアプローチするところもありました。またシスコシステムズ社は、両方のアプローチに対してニュートラルなポジションをとりながら、ITEFの標準化を進めていました。このような動きが1996年頃からはじまります。そして1998年に、IETFにMPLSに関したワーキンググループ(mpls-wg)が発足。その後、1999年から2000年頃にかけて、ITEFの標準化が進み、製品が続々と市場に投入されはじめました。一方ITU-Tでも、MPLSの技術が通信のバックボーンに深く関連していることから、標準化への動きが加速していきました。

■新しい技術への適用

 MPLSが最初の成長期を迎えた2000年頃から、ルータのハードウェア化が進み、MPLSを使用しなくても高速なパケット処理が行えるようになりました。そのため、MPLSのモチベーションとしてあげられていた大容量の高速スイッチングへの適用から、別の機能領域に対しての適用が検討されるようになりました。そこで登場してきたのが、VPNやトラフィックエンジニアリングといった新しい技術への適用です。

 VPNへの適用に関しては、次のようなエピソードがあります。

 私が東芝で最初にCSRの提案を行った1994年頃、ペンタゴン(米国国防総省)の研究者の方から、「レイヤー3のスイッチングをレイヤー2で行うことで、非常にセキュアなコミュニケーション(通信)ができるのでは」との意見を受けました。私はこの意見を当時はあまり意識しなかったのですが、振り返るとこれが、VPNへの適用の最初の提案でした。その後、シスコシステムズ社との共同研究を行っていた1998年頃に、シスコシステムズ社の方との話の中で「VPNへの適用」との提案がありました。シスコシステムズ社では、当時からMPLSを当時のモチベーションであった高速性から、VPNをはじめとした新しい機能への適用を考えていたようです。

 そして1999年頃から、MPLSには「新しい機能を柔軟に提供する」ということがミッションとして入り、現在のMPLSの代表的な適用領域である、VPNやトラフィックエンジニアリング、さらにはマルチキャスト、QoSサービスへとシフトしていきます。

 VPNの登場により、インターネットが実際にビジネスシーンで使用できるようになり、現在、これまでの専用線からインターネットへと入れ替えようとする企業が増えています。この動きに対して、通信キャリアはさまざまなサービスを提供しています。MPLSは、このような企業向けVPNを支えることから、通信キャリアが待望していた技術であるといえるでしょう。

 また日本では、自治体ネットワークでMPLSがたくさん使用されています。その理由として、一つはVPNができること、もう一つが分散型ネットワークの構築に適していることがあげられます。


図3 さまざまなネットワークのMPLSバックボーンへの統合(上)と
   MPLSがもたらすネットワークへの付加価値(下)



■「GMPLS」などの次世代への動き

 適用領域のシフトとともに、2000年頃から再びMPLSの高速性がクローズアップされてきます。この動きは、WDWM(高密度波長分割多重)などの波長多重スイッチングシステムをうまく使用して、IPスイッチングを行う、「光スイッチとの融合」を目的としたものです。これは、私たちが1990年代にATMスイッチを使用したのに対して、光スイッチを使用して行おうとするもので、これが「GMPLS(Generalized MPLS)」の登場へと進んでいきます。GMPLSは、MPLSの次の技術として、現在、標準化に向けたフォーラムも設立されています。

 このようにMPLSは、現在、その登場に関わった私たちが想像した以上の進化を遂げています。

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(こちらは2003年1月号になります)

(この続きの内容)
■インターネットエクスチェンジ

3.MPLSの応用例
■VPNとトラフィックエンジニア(IX)
4.「MPLS Japan 2002」開催
5.今後の展開

 

 


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