●特別企画

ブリルアンOTDRの開発とビジネス展開

光ファイバセンサの発祥の地であるNTTアクセスサービスシステム研究所。同研究所では、通信用光ファイバの保守技術を応用し、地盤や構造物の形状の変化を高精度に計測する「光ファイバひずみ計測技術」(ブリルアンOTDR)を開発した。これは、通信分野以外での活用が期待できる応用技術であり、同研究所では、BOTDRをベースにした新たなビジネスクリエーションに取り組んでいる。本稿では、BOTDRの概要と適用分野を中心に取組みの現状を紹介する。


NTT アクセスサービスシステム研究所の
BOTDR 開発・実用化の主要メンバー。
左から、藤橋一彦氏、大西正敏氏、成瀬央氏














■「光ファイバひずみ計測システム」BOTDRの開発経緯・概要

 地滑りや土砂崩れ、トンネル内のコンクリート片の崩落事故等を予防するために、建造物やトンネル、乗り物などの経年劣化や道路斜面などの崩壊危険性を診断するモニタリングシステムの確立が望まれていた。

 こうした状況下、NTTアクセスサービスシステム研究所では1997年に通信用光ファイバをセンサとして用い、地盤や構造物のひずみ計測技術「ブリルアンOTDR(BOTDR:Brillouin Optical Time Domain Reflectmetry)」を開発し、昨年には計測性能の向上とコストダウンを両立した新型のBOTDRを開発し、リリースした。これをベースに光ファイバセンサを利用した各種モニタリングシステムについて、外部企業・研究機関等と共同開発を行うなど技術の確立に努めている。

 BOTDRは、もともと通信用光ファイバの保守技術を応用したもので、光ファイバが切れる前に、そのひずみの場所を見つけるために開発された技術だ。光ファイバには、光を通すと散乱光と呼ばれる微弱な光が戻ってくる性質がある。その中の一つであるブリルアン散乱光には、光ファイバにひずみがあると、そのひずみに比例して周波数が変化する性質があることが判明した。

 このブリルアン散乱光の周波数の変化を測定することでひずみの大きさを測定するとともに、光が戻ってくるまでの時間を測定することで散乱光の発生場所を知ることができるというのがBOTDRの原理である(図1参照)。


図1 BOTDR装置による計測の仕組み

 当初は通信用光ファイバの保守技術として研究開発が進められたBOTDR であるが、数年前に土木建築分野の方から、通信用光ファイバのモニタリングだけではなく、センサとして使えないかという相談があった。そこで、ここ数年は計測装置の性能向上(計測精度0.003%)とコストダウン化を図るとともに、光ファイバセンサを用いた各種モニタリングシステムの開発を進めている。まさに、NTTアクセスサービスシステム研究所は、光ファイバセンサ技術の発祥の地であるといえる。

■BOTDRの特長と適用分野

 BOTDRは、光ファイバひずみ計測装置と、センサとして使う光ファイバ、この2 つが構成要素となっている。光ファイバの片端から測定用のパルス光を入射し、光ファイバの中から戻ってくるブリルアン散乱光の周波数分布を測定・解析することで、光ファイバの長さ方向のひずみを高精度に計測する。具体的な計測システムは、観測所にBOTDR およびデータ保存用のPCを置き、ここから監視したい対象物、例えばトンネルの壁面や道路斜面などに敷設された光ファイバを遠隔監視する。地図と組み合わせた監視や、光スイッチを用いて光ファイバセンサを切り替えて複数の範囲を測定することもできる。また、事前に設定したパラメータを越えるとアラームを出すようにすることも可能だ。

 「BOTDRは、光ファイバの長さ方向のひずみを計測するものです。つまり光ファイバの長さが、長くなったり短くなったりというひずみを計測できます。BOTDRの特長は、空間的に連続計測が可能という点です。光ファイバ自体がセンサなので、光ファイバに沿って連続的に密にデータが取れます。そして、数km〜数10kmにわたる長距離計測も可能であるため、土木・大型構造物のモニタリングに適しています。連続計測と長距離計測を同時に備えたシステムは、現在他にはありません。」(NTTアクセスサービスシステム研究所・企画事業化担当成瀬央主幹研究員)

 現在、構造物のひずみ計測にはセンサとしてひずみゲージが用いられているが、各ポイントにセンサを設置する必要があるため、構造物全体の状態変化を把握するのは困難であった。BOTDRには、光ファイバをセンサとして縦と横の方向に敷設することにより、面での監視も可能で、構造物全体を監視できるというメリットがある。また、センサとして用いる光ファイバは受動部品であるため電源が不要で、雷などによる電気的な影響や経年変化が極めて少なく、高い信頼性を実現している。さらに、現在地下に敷設されている通信用光ファイバケーブルを、センサまでの配線ケーブルとして利用できるという経済性も持っている。

 適用分野としては、ビルやトンネル、橋梁、河川堤防、道路斜面はもとより、ダム、船舶、航空機など、非常に幅広いモニタリングシステムへの適用が考えられる(図2参照)。


図2 光ファイバひずみ計測システムBOTDRの適用分野

 BOTDRの連続計測と長距離計測が同時に可能という優れた特長を考えると、大型構造物を常時自動監視したいというニーズに最適といえる。これまでのポイントセンサと呼ばれる局所的なセンサでは、どこが壊れるか分からない大きな対象物を連続的に密に監視したいという場合、センサを多数設置しなければならず、そのコストがかかり過ぎ現実的ではない。

■実証実験等、BOTDRの適用実績

 BOTDRは、前述したように大規模な土木・建築構造物や、道路斜面などの自然環境のモニタリングに適している。そこで、NTTではそうした分野のノウハウを持つ企業・研究機関と共同開発を行ってきている。

@コンクリート構造物の診断や、河川堤防の遠隔監視の実証実験

 通常の光ファイバセンサを建築・土木工事に適用するためには耐久性と施工性に課題があるため、ビルなどのコンクリート構造物のモニタリングに適した「コンクリートひずみ計測用の光ファイバセンサ」を清水建設と共同で開発した(図3参照)。


図3 コンクリート用光ファイバセンサと
   建設中のビルへの設置試験


 このセンサは、中心の光ファイバ素線がコンクリートを流し込む際の衝撃に耐えられるようコーティングされている。これを鉄筋に沿って設置し、コンクリートの中に埋め込むだけで、コンクリートのひずみを計測できる。また、任意の位置で切断及び接続が可能なので計測エリアを適宜拡大縮小でき、凹凸構造のために接着剤なしで固定できるという利点もある。今までのセンサでは構造物全体の状況を把握するにはたくさんのポイントに設置しなければならず、設置作業に多くの時間と手間が必要であった。また多くの配線ケーブルが必要となるため、配線ケーブルが構造物の弱点となるなど、様々な制限があったが、コンクリートひずみ計測用光ファイバセンサで、このような問題が一挙に解決されることになった。

 また、長距離の連続測定も可能であるというBOTDRの特長を活かして、光ファイバセンサを堤防監視に用いた実証実験を高知県で行った。これは、長大な堤防の日常監視はもとより、洪水時の堤防の変形などを、自動計測するものだ。河川堤防のデータは観測所で定期的に計測、電話回線などを通して監視センターに送られる。防災情報が各家庭に自動的に送られるシステムもそう遠くないであろう。

A光ファイバ船体損傷検出システム


 ヨット界最高峰のマッチレース、アメリカズカップに挑戦したニッポンチャレンジ艇、アシュラとイダテン。これらのヨットは軽量にも関わらず、丈夫に作られることが求められていた。ヨットはぎりぎりの設計で作られているため、ヤングアメリカ艇のように船体がマストの後ろで折れるという惨事に見舞われる場合もある。こうした事故につながる変形や損傷をできるだけ早く見つける技術が求められていた。

 そこで光ファイバセンサを用いたひずみ計測技術のNTT、構造解析技術の東京大学、そして船の建造を行ったジーエイチクラフト社の3者共同で「光ファイバセンサ船体損傷検出システム」を構築した(図4参照)。船体に取り付けられた光ファイバセンサにより得られる連続的なひずみ情報から、船体に生じた変形や損傷位置を自動的あるいは遠隔操作で計測を行うことに成功した。


図4 光ファイバセンサ船体損傷検出システム

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(こちらは2003年3月号になります)

(この続きの内容)
■NTT内への導入と今後の展開
■BOTDRのビジネス展開

 

 


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