●ITビジネスの次なる進化−Webサービスの実現に向けて

Webサービスの最新動向と普及への課題


潟Cー・ブリッジ取締役コンサルティング本部長
岡部 惠造氏

 Webサービスは、IT業界が主導する疎結合(Loosely-coupled)による分散アプリケーションをベースとした、次世代の企業アプリケーション構築の技術フレームワークであり、その標準化とソリューション構築の取組みが、近年極めて活発になっている。本稿では、このWebサービスの標準化とその活用、そしてWebサービスの普及への課題を含めた全体像と最新動向をまとめて解説する。

■Webサービスの標準化動向

 Webサービスは、ご存知のXML*1、SOAP*2、WSDL*3、UDDI*4 といった4つの基盤技術の上に構築されている。しかしWebサービスが本格的な分散アプリケーション構築フレームワークとなるためには、図1に示すようなさらに多くのプロトコル・スタックが必要となる。この図は、Web サービスのインターオペラビリティ検証を行っている草の根グループSOAP Buildersの標準ロードマップをベースに、私が最新情報を付加して作成したものである。図の各層は、厳密なプロトコル・レイヤーを定義しているのではなく、Web サービスを構成する技術を役割的に層別し標準間の関係を粗く表現している。各層には、ITベンダーやベンダー・グループがW3C*5やOASIS*6等の標準化団体に提案している標準仕様候補が示されている。なお、各プロトコルのフルネームや詳細情報は、表1にまとめてある。同種の機能を果たす異なる標準が、複数のIT企業から提案されており、その提案合戦は、さながら戦国時代の国盗り合戦の様相を呈している。紙面の都合から全プロトコル・スタックを解説できないが、中でも重要とされているのが、高信頼性メッセージング機能(Reliable Messaging)、セキュリティ機能、そしてWebサービスの振り付け(Choreography)機能を実現するプロトコル標準である。


図1 Webサービスを構成するプロトコル・スタック
    −各IT企業および企業グループの提案した標準候補



表1 Webサービスを実現するプロトコル技術一覧

 このスタックをご覧になった読者は、一体こんなに沢山の標準候補のどれとどれをどのように組み合わせたものがWebサービスなのかと疑問に思われたことと思う。そうしたWebサービスの実体を定義しようとしているのが、WS-I(Web Services Interoperability organization)である。このWS-Iは、Webサービスのインターオペラビリティ検証を行うことを目的に、Webサービス対応のサーバやミドルウェアを開発販売する150社を超えるベンダーが参加したオープンな業界グループであり、Webサービスのインターオペラビリティを実現するための活動を行っている。各プロトコル層の組み合わせにプロファイル名を付けてWebサービス・プロファイルを定義し、その定義に基づいてインターオペラビリティの検証を行うのである。WS-I では、最初のプロファイルとして、「WS-IベーシックWebサービス」というプロファイル名で、XML Schema 1.0、SOAP 1.1、WSDL 1.1、UDDI 1.0の組み合わせを定義している。今後、セキュリティやサプライチェーン等の複雑なプロファイルが登場する。これが、実質的にベンダーやプラットフォームに依存しないWebサービスの定義となるのである。

*1 eXtensible Markup Language
*2 Simple Object Access Protocol
*3 Web Services Description Language
*4 Universal Description,Discovery and Integration
*5 World Wide Web Consortium
*6 Organization for the Advancement of Structured Information Standards

■Webサービスの利用動向

 前項で紹介したように、共通のセキュリティ標準やWebサービスを複雑に組み合わせる振り付け言語の標準化が取組み途中であることからも分かるように、Webサービスのインターネットでの本格的な利用はまだ始まったばかりである。米国では、イントラネットでのフロントエンドとバックエンドのアプリケーション連携フレームワーク(EAI*7)としての利用が中心である。さらに、インターネット検索サイトのGoogle社やオンライン書籍販売のAmazon.com社の無償Webサービスの提供が始まったところである。しかし、金融業界の金融Webサービスも登場し始め、連邦政府の電子政府プロジェクトでは、一昨年の9.11テロで情報連携の不備が露呈した各省庁間のシステム統合のため、XMLとWebサービスの活用の取組みが精力的に行われ始めた。日本では、東京三菱銀行の輸出入信用状(L/C)取引のWebサービスによる実証実験を始めとして、大手業界でWebサービスの活用事例が幾つか見え始めたところである。XMLコンソーシアムが昨年12月から本年1月に掛けて実施した「XML&Webサービスの普及度アンケート」*8によれば、回答した会員企業230社の内、50社(23.5%)が既にWebサービスを適用した製品・サービスを開発済み、44社(19.1%)が開発中と応えている。しかし、Webサービスが市場に普及したと答えたのは、僅か7.5%に過ぎなかった。ベンダー製品でのサポートが開始され、ユーザー利用はこれからといった状態である。

*7 Enterprise Application Integration
*8 http://www.xmlconsortium.org/koukai/hukyudo_200301.pdf

■Webサービス本格普及の鍵

 今後の本格的なWebサービスの普及に向けた課題を、以下に5つに大別して解説する。

@Webサービス標準化の進展
 最初の課題は、Webサービス標準の標準化の進展である。前項で解説したプロトコル・スタックの全ての標準化の完了には、まだかなりの時間を必要とする。今、Webサービス標準化の中で、最も待たれているのがセキュリティ標準の制定である。インターネット上に露出されたWebサービスを利用する際には、成り済ましやデータの改竄といったセキュリティ上のリスクを回避する共通セキュリティ標準が必要となる。この分野は、OASISがWebサービス・セキュリティ技術委員会を設置して取り組んでいる。

 また、複数のWebサービスを複雑にアクセスするビジネス・トランザクションを管理するWebサービス振り付け(Choreography)言語の開発も大いに期待されている。W3Cでは、Webサービス振り付けワーキンググループを設置して標準化を開始している。

Aセマンティック制御に関わる課題
 2つ目の課題は、「Webサービスのサービス層(アプリケーション)の意味上の関係を、一つの矛盾のないフレームワークを用意するだけで統一管理できるのか?」ということ、つまりセマンティック制御に関わる課題である。Webサービスは、あくまでもXMLで定義されたメッセージ交換ベースのアプリケーション連携技術フレームワークであり、Webサービスを露出(提供)する側と消費(利用)する側の間を流れるXMLメッセージ(XML文書のボキャブラリ)を標準化する必要がある。企業グループ、産業界、あるいはITシステムベンダー企業間で、XMLメッセージの標準化が行われないと、Webサービスは単なる技術フレームワークの一つに終わってしまう。

BWebサービスの管理標準
 3つ目の課題は、「機能を落とさずに、あるいは稼働中のサービスを止めずに、サービスを更新できるか?」ということ、つまりWebサービスの変更管理と依存性管理の課題である。Webサービスを連携する形で企業アプリケーションを開発した後に、個々のWebサービスが変更されると企業アプリケーション全体が動作しなくなってしまう。従って、常にWebサービスの変更を監視するWebサービス変更管理、あるWeb サービスが誰から呼ばれているのかを管理するWeb サービス依存性管理を定常的に行う必要がある。この難しいWebサービス管理の問題に取り組むため、OASISは、この8月に分散管理技術委員会を立ち上げた。

C柔軟な実装の実現
 4つ目の課題は、「単純な契約や記述で、必要な全ての取引をサポートできるか?」ということ、つまりどこまで柔軟な実装が実現できるかという課題である。インターネット上で展開される電子商取引は、実に多様な形態がある。単純なリクエスト& レスポンス型のリモート・プロシジャ・コールで取引が完了するケースは多くない。つまり、複数の企業が提供するWebサービスを複雑に組み合わせて、どのようなビジネス・プロセスにも柔軟に対応できる仕組みが必要になるのだ。これを実現するための言語が、多様なB2B電子商取引に何処まで柔軟に対応できるのかは、業界の今後の評価を待つことになる。期待される標準化の項で解説したWebサービス振り付け言語標準もこの柔軟な実装を実現するための技術の一つである。

Dプラットフォーム非依存
 最後の課題は、「全ての制御をサービス・レベルで提供できるか?」ということ、つまりプラットフォーム非依存の実現の課題である。この課題の解決の取組みは、前述したWS-Iのインターオペラビリティ確保の活動と完全に重なっており、WS-Iの役割が重要となってくるのである。WS-Iが、各IT企業のWebサービス標準化においてイニシアティブを取りたいとする企業エゴを如何に巧みに調整しながら、IT業界全参加のWebサービス・プロファイルを定義できるかが、まず目前の課題である。

■Webサービス普及啓蒙活動

 欧米のITベンダー各社は、自社のe-ビジネス・ソリューションの構築コンセプトの中心にWebサービスを据えてその普及啓蒙を行っている。マイクロソフトの.NET、IBMのe-Business On Demand、サン・マイクロシステムズのSun One等がその代表格である。各社は、W3C、OASIS、WS-Iといった標準化組織に研究者を送り込み、標準の草案仕様を提出して標準化でのイニシアティブを取ると同時に、前述のような自社製品やITコンセプトの中心にWebサービスを据えて、ダイナミックで柔軟性のある企業アプリケーション連携が可能となると推進啓蒙している。

 日本では、事情が少し違う。ITベンダー各社はWebサービス対応のシステムを販売しているが、ITコンセプト合戦にはなっていない。外資系のマイクロソフト、IBM、サン・マイクロシステムズのWebサービス合戦は日本でも同様に盛んだが、それにプラスして日本では、コンソーシアムでの推進啓蒙活動がある。日本の多くのITベンダーが加盟するXMLコンソーシアムのWebサービス推進委員会は、IT業界以外の各業界の業界標準化団体や業界連合会等を訪問し、XMLによるe-ビジネス交換メッセージの標準化やWebサービスの活用の普及啓蒙活動を行っている。その成果として、本年2月に日本旅行業協会(JATA)のTravelXMLの標準化が開始され、最終的にはWebサービスの利用に繋がっていくものと期待されている。

■Webサービスの今後の展開

 Webサービスの今後の発展の方向を図2に示す。現在は、イントラネットでの利用が中心である。その後の展開には、高信頼性メッセージ機能、セキュリティ機能、Webサービス振り付け機能等の標準の開発が必須となる。また、プライベートUDDIレジストリの活用が始まると、Webサービスは、サプライチェーン、バリューチェーン、デマンドチェーンの各分野でのダイナミックなサービス指向の企業間連携フレームワークとして活用されるようになる。さらに、インターネット上の一般公開UDDIを使用して、インターネット上に広く露出されて流通したWebサービスを利用して、企業アプリケーションをダイナミックに安価に高速に開発・保守できる時代が来る。

 IBM社によれば、WS-Securityを含めたWebサービスのセキュリティ標準の完成には、おそらく後2年近く掛かると予測している。図2の最下段に示したWebサービスの本格的普及時期については、米国調査会社ガートナー社は標準化が遅れているとしながら「2005年〜2006年」と予測し、IDC社は「今後10年掛かる」と標準化の道程が険しいと予測している。また、米国のXML/Webサービスに特化した調査分析会社ZapThink社のシニア・アナリストRon Shmelzer氏は、「2006年には、オープンな標準規格をベースにしたサービス指向アーキテクチャーが、分散コンピューティング・システムで最も優勢となり、2010年には、その市場規模も980億ドル(11.5兆円)規模を越える」と予測している。つまり、Webサービスをベースとしたダイナミックで柔軟な疎結合による分散アプリケーション構築が主流になるわけだ。いずれにしても、各標準化の完了とWS-Iの活動は、当面目が離せない。


図2 Webサービスの活用の発展

 

 


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