●グリッドコンピューティングの動向とそれを支える技術

第1回 グリッド・コンピューティングの始まり

日本アイ・ビー・エム グリッド・ビジネス事業部 技術理事 関 孝則

■グリッド・コンピューティングの技術的定義

 では、グリッド・コンピューティングをITの観点として定義してみよう。一言では図にもあるように、分散されたあらゆるIT資源を、グリッドのミドルウェアを通して、バーチャルな計算機環境のようにみせているといえるだろう。後述するが、これは決して仮想的に一つのメモリーやCPUといった物理的なものに見せるというのではない。分散しているメインフレームとUNIXとPCサーバとを仮想化して一台の大きなメインフレームに見せる、といったような技術は現在のところはない。実際は、ユーザーに提供するサービスの視点で仮想化するということになる。

 異機種が混合している環境でありながら、それを仮想化して分散したデータやアプリケーションを共有、利用するような環境を作るには、それを担うミドルウェアがオープンなスタンダードに則っている必要がある。グリッドでは、このオープンなミドルウェアによる仮想化の実現が、その定義として重要な位置を占めている。なお、現在グリッドのミドルウェアでは、米国の国立アルゴンヌ研究所が中心になって開発しているGlobus Toolkit (http://www.globus.org/)が、グリッドの標準化団体としての役割を果たしているGGF(Global Grid Forum-http://www.gridforum.org/)を中心にスタンダードの地位を確立しようとしているところだ。

 では、組織を超えた環境でデータやアプリケーションが共有、利用されるとはどういったことであろうか。ビジネス的な視点に立てばそれは、データやアプリケーションで成り立つビジネスプロセスが、組織をまたがって存在するということになる。つまり、これは本来異なる組織でありながら、あたかも仮想的(バーチャル)な組織でビジネスプロセスを実現しているようにみえるのである。

 グリッドは当初のうちは、企業内の組織横断的な仮想環境として実現されていくだろう。しかし、最終的にはネットワークの進化などと相まって、地理的に散らばる計算機資源を大規模に統合するといったことを実現していくだろう。これはちょうど電力送電網のように、例えば、夏の甲子園決勝が猛暑と重なったときに、北海道から電力を東京に供給するといったことと同じように考えることが出来る。


図5 仮想的なコンピュータとしてのグリッド

■サービスの仮想化によるグリッド

 さて、グリッド・コンピューティングとは、最終的にはネットワークを介して地理的にも分散し、かつ組織をまたがり異機種で構成されたIT資源を、仮想的に大きくシンプルな資源として見せるということである。ただ前にも述べたように、これらの資源を仮想的にも具体的なIT資源、一つのCPU、一つのメモリなどのように見せることは現在の技術では到底不可能だ。そこで、実際はユーザーの視点に立ってサービスしていくという観点で仮想化することが現実的であり、かつユーザーの望むことでもあるといえるだろう。

 電力送電網であれば、東京地区は100V 50Hzというサービスが間断なく、かつ安定して供給されている。同様にグリッドにおいても、現在目指しているのはサービスという視点での仮想化と安定供給である。後述するが、ここにWebサービスのアイデアが利用できる。つまり、サービス・オリエンテッドな考え方でいうとユーザーにはどういった入力に対して、どんなサービスが実施され、どんな出力が返ってくるか、ということしか見えていない。そのサービスが、どことどこで実現され、そしてそのうちのどこで実行されてユーザーに戻ってくるかは、グリッド内でうまく処理されるのだ。ユーザーにとっては、ネットワークに繋ぐことで、電気のコンセントのようにITサービスが受けられるという訳である。

 そのサービスは、グリッド内で分散して処理されているかもしれないし、またはグリッド内のデータを集めているかもしれない、そしてどこかで処理が滞って、通常とは別のIT資源によって処理されている可能性もある。ユーザーにとっては、非常に透過的なITサービス網がそこで実現されるということになる。まさにこれはユーティリティ的なコンピューティングそのものといえるであろう。サービスによるユーティリティ的コンピューティングの実現、これがグリッドの目指している究極の姿である。

 今回は、グリッド・コンピューティングの始まりとして、その語源、サイエンスでの取組み、ビジネスでのニーズ、そして技術的な定義やサービス化といったことについて述べた。次回は、現在のグリッドの姿と、今後のビジョンについて紹介していく。


図6 仮想サービスとしてのグリッド

 

 


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