●グリッドコンピューティングの動向とそれを支える技術

第3回 ビジネスでのグリッド

日本アイ・ビー・エム グリッド・ビジネス事業部 技術理事 関 孝則


■企業にとってのグリッドの価値

 このようにグリッドは、組織を越えた異機種分散環境において、段階的で、より技術的に高度な機能を実現していくことが期待されている。その価値は最終的にインターネット上でやりとりされる経済活動、インターネット経済における、企業のビジネス上の課題を解決していくことに結びつくだろう。以下にグリッドによる企業のITへの価値をまとめる。

−仮想化によるTCO(Total Cost of Ownership)の削減

グリッドの多様なコンピューティング資源の仮想化は、異機種分散している環境において、その管理や運用をグリッド上でのシステム管理の機能とともに容易にできるようになる。

 特に回復力グリッドが課題としているQoSの実現は、現状では独自の運用管理の仕組みの構築、複雑かつ多様な運用体制およびスキルの維持という高コストの対応を、単純化や運用体制の縮小によりあきらかに低コスト化へと変えていくだろう。これはとりもなおさず、第1回でお話した、今後e-ビジネスの進展とともに拡大すると考えられる異機種分散環境でのTCO、つまりe-ビジネスのためのIT 資産を保有するためのコストの削減に寄与すると考えられる。

−IT資源の最適化

 プロセシング・グリッドやデータ・グリッドに顕著に見られるように、昨今その利用率低下が顕著である空きプロセシング・パワーや、空きデータ容量などの利用が促進されていくだろう。これにより、低利用率の傾向が強まってきた経営資源としてのIT資源に対して資源の最適化、または最大利用化が促進される。

−動的な組織/企業間連携の容易化

 特にデータ・グリッドに見られるように、複数組織に分散し点在するデータを、仮想的な大きなファイルシステム、またはデータベースとして扱うことが可能となってくる。これは動的に組織や企業が連携する現代の企業にとって、より容易に、かつ迅速にビジネス連携を進めることができる有力なツールとなるだろう。

−市場や環境変化に対応できる高可用性や回復性

 ユーザーのマインドの変化による市場規模の急激な変動や、自然災害などによるシステム機能不全の可能性などに対しても、回復力のグリッドにより、柔軟に資源を組み替えてその機能とサービスレベルを維持することができるようになる。

 これらの価値は、逆説的に言えばコンピュータ資源がユーティリティのようになるためには、必要不可欠な価値ということもできる。これらの価値がなければ複雑かつ動的なサービスの必要性があり、安価で安定していなければならないというコンピュータのユーティリティとしての側面を満たさないからだ。よって、これらの価値が実現されることで、グリッドのより包括的な姿である、ユーティリティ・コンピューティング、そしてそれを包含するオンデマンドのグリッドが実現されていくことことだろう。

■オンデマンド・ビジネスとグリッド

 ところで第1回では、ビジネスITインフラの課題が組織を越えた異機種分散したシステム化の傾向にあることに触れた。これらは現在急速に進行中の、ビジネス自身のインターネット化、言わばインターネット経済の本質的な傾向であることは、e-コマースなどにより、複数企業のサービスが連携してユーザーに提供される現象を見ていると明らかである。

 図2は典型的に、製品を開発しそれを販売する、といったビジネスにおける、本質的な製品の価値であるバリューがどのような流れでお客様に届くかを、昨今よく言われているバリュチェーンという表現であらわしたものである。インターネット経済以前は、この図のバリューの伝播するそれぞれのステップが2 社や3社で、しかもコンピュータ化はしないで、人の手を介して結合し機能していたと言える。


図2 バリューチェーンの例

 しかし、昨今のインターネット経済を背景にするマーケットの競争の激化は、これらのバリューチェーンをビジネスプロセスとして、B2Bでコンピュータ上で結合する必要性に迫られている。また、さまざまな企業の、競争力あるビジネスとそのプロセスを巧みに組み合わせて、より多くの企業でバリューチェーンを、高速に、しかも必要があればダイナミックに組み合わせを変えて、ビジネスを実行していく必要性もでてくるだろう。複数企業のビジネスプロセスを、企業を超えてコンピュータで結合させる、まさにこれが組織を越えた異機種分散システムの必要性の源ともいえる。

 IBMでは動的で、かつより多くの企業でバリューチェーンを構成し、それをコンピュータとネットワークで結合した次世代のe-ビジネス環境のことをe-ビジネス・オンデマンドと呼んでいる。e-ビジネスが成
熟し、ユーザーと一企業だけでなく、企業と企業もがダイナミックに必要に応じて(オンデマンド)、インターネットを介して結合する、そういった意味合いを持っている。

 そこではマーケットの変化に即座に反応し、柔軟にビジネスプロセスを変え、さらには得意分野にフォーカスし、どのような外的脅威に対しても安定したビジネスを続けられるという強い企業の姿が浮かび上がることだろう。

 また、そういったオンデマンドの世界を支えるITインフラの技術的要件とは、どんなものであろうか。

 ビジネスプロセスであるアプリケーションを相互に簡単に接続、統合する技術、これにはWebサービスがその解として名乗りをあげている。相互に接続されることにより、そのビジネスとしての重要度は増し、外的脅威、急激な需要変化があっても耐えうるITインフラを提供する技術が必要となり、それが今まで見てきたグリッド技術ということになるだろう。さらに、そのバリューチェーンが組織をまたがっても、自律的にビジネスプロセスのサービスレベルなどが管理され、ユーザーには一定のサービス品質が提供されるための技術として、グリッドの上に構築されるであろうオートノミック・コンピューティングがそれに相当するだろう。

 IBMはこのように次世代のe-ビジネスとも言える、e-ビジネス・オンデマンドの世界が、その他の多様な技術はもちろんのこと、図3のような3つの中心的な技術により実現されていくと考えている。この3つの比較的新しい技術は、オープンスタンダードとしての確立によってインターネット経済の中でその有効性が示されていくであろう。IBMはそれをインターネット経済の必然性としてとらえ、今後もその技術の標準化と普及に積極的に貢献していきたいと考えている。


図3 オンデマンドを支える3つの技術の柱

 

 


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