●グリッドコンピューティングの動向とそれを支える技術

第3回 ビジネスでのグリッド

日本アイ・ビー・エム グリッド・ビジネス事業部 技術理事 関 孝則

 前回では、現在のグリッドの姿と、OGSAを柱とした今後のビジョンについてご紹介した。今回はこの連載のIBM編のまとめとして、ビジネスでのグリッドの利用について述べていきたいと思っている。

 前回お話したように、グリッドが発展していくことにより、コンピュータのいろいろな資源などの側面である、プロセシング能力、データ格納、高可用性を実現する回復力といったコンピュータの特性を、それぞれ異機種に分散した環境でも仮想的に実現し、現実のビジネスや研究での課題が解決されつつある。

 それらは、プロセシング・グリッド、データ・グリッド、回復力グリッドと名づけているが、最終的にはオープン・スタンダードの最有力であるGlobusのOGSAという技術によって統合され、最終的にユーティリティ・コンピューティングなどを実現した、オンデマンドのコンピューティングの世界を作り出すものと予想している。ここではまず、現時点でビジネスや応用の切り口から、どのような分野でグリッドが適用され始めているかを見ていく。

■現在のグリッドのビジネス利用

 IBMでは図1のようにのように、今後グリッドの適用できる分野を5つに分類し、それぞれの分野でソリューションを開発し、お客様へ提供し始めている。


図1 グリッドのビジネス適用

−研究・開発グリッド

 この分野はもともとサイエンスの流れがあったため、グリッドの適用がもっとも早くから検討されてきた分野である。例えばライフ・サイエンス分野では、膨大でかつ、場合によっては世界中に分散している遺伝子やたんぱく質の情報を、パターンマッチで検索したり、それらを研究者で共有しコラボレーションすることが研究、開発の過程での大きな価値となってくる。

 例えば新薬の開発を行っているAventis社では、IBMのデータ・グリッドのソリューションであるDiscoveryLinkを用いて、研究所内外のデータを仮想的に一元的に見せる環境を構築した。これにより、それまで数日かかっていたライフサイエンスのデータの検索は数時間ですむようになり、研究所での生産性が大幅に向上した。

 この他にもナノ・テクノロジーの発展が期待されている材料分野での研究開発などで、多くのコンピュータ上でのシミュレーションなどにより、その研究スピードを大幅に向上させることが期待されている。研究・開発分野では、研究者の密なコラボレーションを推進するためのデータ・グリッド、そしてシミュレーションなどの実験が擬似的にコンピュータの中で行われ、研究の精度やスピードを上げるプロセシング・グリッドが適用されていくだろう。

−ビジネス・インテリジェンス・グリッド

 昨今の金融業界では、新しい商品開発や付加価値の高い顧客サービスの提供のために、高度な金融工学を用いることが盛んになってきている。プロセシング・グリッドは、今までのスパコンのように、高速なコンピュータを使えば、膨大なコストがかかると想定されていた計算を安価に実現できるため、今まで以上に金融工学の世界で駆使されていくだろう。

 例えば米国の最大手オンラインブローカーのCharles Schwab社では、顧客の資産管理の予測アプリケーションを今までサーバで実行し、応答が帰ってくるまでに4分かかっていた。それをLinuxサーバでGlobusを稼動させ、IBMの基礎研究所の技術を用いたプロセシング・グリッドを構築することにより、応答時間を15秒にまで短縮するという実証実験に成功した。このリアルタイムに近い応答時間によって、Charles Schwab社はこれを実用の顧客サービスとして展開し、顧客満足度を高めていこうと計画している。

 今後もより多くの金融機関で、今までコスト的に見合わないと考えられていた金融工学を用いた多くのアプリケーションが、グリッドの技術により実現していくことが期待されている。

−エンジニアリング製品設計グリッド

 製造業では長い間、電子回路設計や構造解析、衝突解析のためにコンピュータに膨大な投資を続けてきた。しかしながら、設計期間をもっと短縮したいという設計者の計算ニーズには、十分応えているとはいえない。プロセシング・グリッドは、新規、既存のコンピュータ資源を組織をまたがって仮想化することで、その利用を最大化、最適化することが可能である。

 例えばIBMでは、メインフレームのz-Seriesの開発のための電子回路設計にプロセシング・グリッドを構築している。これにより一般に平均すると50%にも満たないサーバの使用率が、70%以上にまで高まるだけでなく、万一特定のコンピュータがダウンしても、代替コンピュータで自動的に処理を続けることが可能で、より可用性が高いものになっている。その結果、メインフレームの設計期間の短縮を実現している。

 今後、より多くのエンジニアリング設計部門を持つ企業で、ワークステーションや設計部門以外のサーバなどを取り込んだ大規模なイントラネットのグリッド、さらにはグループ企業も巻き込んだエクストラネットのグリッドへと発展し、グループ企業全体での設計部門の生産性向上を実現することが期待されている。

−グローバライゼーション・グリッド

 近年、多くの企業の提携、合併などを頻繁に耳にするようになった。グリッドはコンピュータの資源の仮想化という観点から、最終的にはITインフラの仮想化、言いかえれば、インフラからのアプリケーションの分離を実現するものとして期待されている。そのため、こういった企業の合併や、密な提携など、近年頻繁となっている企業の組織や仮想的な組織の、ダイナミックな改変に対して、グリッド技術の利用により、それらの組織のITインフラの結合、統合コストの抑制や最適化といった可能性が期待されている。

 この他に、企業ではないものの、一つの類似した例として現在構築中なのが、ペンシルベニア大学の乳癌検診グリッドである。これは撮影した胸部レントゲン写真をデジタル化し、コンピュータに格納、全米数千の病院をグリッドで結び、病院の医師は各病院のPCサーバに向かって患者の写真を登録するだけで、格納、検索、解析が膨大なグリッド内のデータとともに行われるというものである。これはまさに医師のための乳癌検診ITユーティリティともいえるもので、現在も開発が進んでいる。

 このようにグローバルな規模で企業が組織間をまたがり、さらにそれをグリッドとして一つに見立て、ユーティリティ的な動作をするシステムが今後も期待されている。

−バックアップ回復力グリッド

 近年のe-ビジネスが企業ITシステムにもたらしている一つのチャレンジは、ユーザーからの膨大なアクセスに耐えながらも、e-ビジネスがビジネスそのものであるため、どんな障害時においても回復が可能といった厳しいものだ。

 回復力のグリッドは、その上にのるアプリケーションのサービスの品質であるQoS(Quality of Service)を維持するための仕組みとして、前回触れたオートノミック・コンピューティング技術とともに、様々な厳しい問題に対する答えとして準備するものだ。

 オープンスタンダードとしてのGlobusのOGSAをベースとした、広く使える完成した形にさせるにはもう少し時間がかかると思われる。しかし、将来はOGSA化されるもの、例えばIBMは昨年よりエンタープライズ・ワークロード管理(eWLM)というソフトウェアを開発し、一部のベンダーに供与して、ベンダーのシステム開発への適用をテストをしている。eWLMはユーザーを層別し、異機種分散のe-ビジネスインフラにおいても、特定のユーザー層に対して一定のレスポンスなどを提供するQoS維持を実現しようとしているものである。他にも、突然のトランザクションのピーク性に対して不足した資源を、動的に調達して使用できるプロビジョニングの仕組みなどが基礎開発されており、今後、この分野はOGSAをベースとして汎用化され、より多くのシステムで利用できることが期待されている。



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