ボストンコンサルティンググループ
プロジェクト・マネジャー
齊藤 直人氏
 
 わが国の政府IT 調達は、米国政府の政策を参考にすることが多く、すでにそのいくつか、CIO、PM、EAなどを導入しているが、その全体としてのIT調達の実態はどういうものなのか、把握することが難しい。そんな折、世界的な経営コンサルティングファームのボストンコンサルティンググループ(BCG)が現地の実務者の取材をベースにした実態調査を発表し、評判となっている。本稿でも、そのBCG が米国政府7省庁15機関、ITベンダーらをインタビューし分析した「米国政府IT調達実態調査」から米国政府の「大規模IT調達」の実態を明らかにする。わが国が進める分割発注・競争入札とは明らかに異なる方向、つまり一括発注を基本としたプロジェクトマネジメント力の強化が特徴的といえる。

政府IT調達改革の見直しの方向性


 
現在、日本政府は「電子政府構築計画」の一環として政府IT調達改革を推進している最中である。特に重点的に取り上げられているのは、大規模で多額の運用費用を要するレガシーシステムであり、大まかに言うと下記の3つの方向で見直しがかけられている。

(1)メインフレームからオープンシステム化へ
(2)価格の透明性確保のためのハードウェアとソフトウェアのアンバンドル化(分離調達)
(3)随意契約から原則競争入札への移行


※ 「レガシーシステム」は、中央省庁において、年間10億円以上の経費を要する情報システムのうち、「メインフレームを使用したシステム」または「1994年以降、随意契約が継続しているシステム」のいずれかに該当するシステムを指している。

 
このようにして推進されている政府調達改革であるが、政府IT調達で先進国と言われる米国では、どうこなしているのだろう。
 IT調達ガバナンスやEA(エンタープライズアーキテクチャー)など、米国政府のIT政策を参考情報として我々はよく耳にする。その米国政府のIT調達マネジメントの実態について、なかなかその全体像を把握することができなかった。―Linux を採用されていますが、その理由は。

山田 スケールアウト型のコンピューティングということでLinuxを用いたシステムが増えていますが、そのストレージに適しているということです。PCサーバの性能も向上していることから、Linux とNASの組み合わせにより、初期投資コストを抑えることが可能になります。加えて、日本オラクルのRACにより信頼性を高めることができます。

BCG調査に見る米国政府の大規模システムの調達実態

 
世界的な戦略型経営コンサルティング会社として豊富な経験・実績を持つボストンコンサルティンググループ(BCG)は、2004年2月〜3月の2カ月間、「米国政府の大規模IT調達実態」を調査した。米国政府7省庁15機関、ITベンダー3社らに対する訪問・電話インタビューを定量分析でサポートする形で、多面的な調査を行っている。調査は、井上潤吾ヴァイス・プレジデント、齊藤直人プロジェクト・マネジャーらが中心となって行った。
 調査結果についての取材でBCG東京オフィスを訪ねた際、齊藤直人マネジャーは、開口一番「文献調査や、実際に米国に足を運んで省庁やベンダーの方々へのインタビューを重ねる中で、日本でのレガシー批判は、かなり一方向に偏っていることを強く感じました。日本で問題視されていることの多くは、アメリカではシステム保全の知恵としてむしろ積極的に取り入れられており、その一方で、批評の論調が日米であまりにも異なるため、繰り返し細心の注意を払いながらインタビューを進めました。」と報告書のダイジェスト版を差し出してくれた。
 以下、齊藤マネジャーの説明を中心に、特にレガシー問題の核心となっている、IT調達ガバナンス、分割発注、随意契約、価格・契約形態、メインフレーム利用実態を中心に米国大規模IT調達の実態を紹介する。

●日本の政府IT 調達では、取引の透明性とコスト削減が強く求められている

 BCGが、今回の米国調査に先だって行ったプレ調査において、e-Japan重点計画特命委員会が発表した「旧式(レガシー)システム改革指針」(2003年3月25日)と、会計検査院が発表した「国の情報システムの調達に関する契約と行政の情報化の推進体制について」(2003年11月28日)の2つの重要文書における項目別キーワードをプロットした結果を図1に示す。


図1 2 つの重要文書における項目別キーワード(登場順)  (C)2004 ボストン コンサルティング グループ

 ここから分かるのは、日本の政府IT調達では、「取引の透明性」と「コスト削減」が徹底して要求されており、「品質/納期」、「効果」、「セキュリティ」などの項目はほとんど取りあげられていない。日本では、納期や信頼性・堅牢性をベンダーが威信をかけて守ってきた結果、これらの問題は表面化に至ってこなかったことがここには表れている。
 これに対し、米国では、品質/納期を最重要視する傾向が強く、システムに求める視点が日米で根本的に異なっている。1980年代・90年代前半に大規模システムで品質未達・納期遅延などの失敗事例が相次いだ米国が、1996年に「IT管理改善法(クリンガー・コーエン法)」を制定し、品質/納期の確保に走った歴史は米国の思想を表す象徴的事例である。

●実質的には有力プライム(大手ベンダー)への一括発注がほとんど

 図2に示すように、システム構築全体はプライムコントラクター(大手ベンダー)が握っている。ここでは、実質的に有力プライムへの一括発注がほとんどで、プライムが受け、(必要に応じて)入札時・入札後にサブコンに振り分けている。特に、ミッションクリティカルなシステムでは、実績・関係の両面で省庁の厚い信頼を得ているベンダーにしか発注は行われない。
 信用力ある大手ベンダーがシステム構築プロセス全体のend to end responsibilityを担保しているわけだが、これは、日本での状況の生き写しである。日本では、大手ベンダー4社が6割のシェアを占めているのに対し、米国では100社を束ねてやっと7割程度。しかも国防関係のコントラクターが多く、IBMですらトップ10にも入っていないのは興味深い。この寡占構造の差が日米のベンダー批判論調の差につながっている。


図2 システム発注・構築のフォーメーション  (C)2004 ボストン コンサルティング グループ

●契約上の分割はあるが実質的な工程分割はない

 設計/製造工程において、工程分割は実質的に存在しない。理由は、工程途中でのベンダー切替えは、継ぎ目のリスクを保証するための追加コスト、所有権/著作権上の訴訟リスクの観点から、発注側の政府にとっても割りに合わないからである。ただし、ベンダーが同じままで、契約上“更新オプション(contract options)”や“タスク発注(task orders)”として分割発注されることはままあるという。

●構成要素の分割対象は、“周りに全く影響を与えず”切り離せるもののみ。ハードとソフトは一括で契約

 アンバンドルされるのは、共同作業やその後の統合がなく、独立性の強い要素のみで、その場合もプライムの目が届きやすい特定業者に対してのみである。連邦購買規制(Federal Acquisition Regulation)でも、分割の要求は緩い。また、契約上ハードとソフトの別発注もない。ただし、バンドル契約の中で、プライムが他業者からハードを仕入れることはあるようだ。

●期初は入札、その後は随契がほとんど

 $25,000超の新規システムでは、連邦法に基づき競争入札義務があるが、入札資格の縛りや入札コスト、調達側の業者絞り込みによって、中小ベンダーが応札することは事実上難しくなっている。期初の契約で、延長オプション行使の条件が詳細に規定されており、いったん落札した契約の延長/オプション行使はほとんど随契になっているという。
 なお、IT調達の新規契約件数と既存契約(随契)数の推移を分析した結果、随契は増加傾向にある(図3)。
 これは、大規模システムの相次ぐ失敗に懲りた政府が、ベンダーのシステム構築業務を一定以上の期間継続できるよう、契約形態を後述の包括契約にシフトしてきたことがその一因と指摘している。


図3 IT調達新規/既存契約数の推移  (C)2004 ボストン コンサルティング グループ

●大規模システムでは、価格の上ぶれを政府が負担

 日本では、契約における価格形態は、入札での固定価格方式のみである。一方、米国では、日本と同様の“固定価格方式(Firm Fixed Price)”と、かかった実費用にベンダー利益を積み上げる“コストプラス(Cost Plus)方式”の2つの形態がある。固定価格方式の対象は、コストが確定している汎用製品/サービスが中心で、期初に価格(単価)を確定させ、コスト上ぶれはベンダーが負担する。一方、SIを伴う大規模ミッションクリティカルなIT調達においては、コストプラス方式が一般的で、当初に上限を取り決め、上限までの実コストは政府が負担し、上限を超えた分は政府・ベンダーが当初定めた比率で折半している。

●包括契約で構成要素コストの透明性を図りつつ、トータルコストの柔軟性を確保

 契約形態としては、“納期不特定(ID:Indefinite Delivery)契約”と“包括購買(Blanket Purchase Orders)契約”からなる“包括契約形態”(6〜7割)と、“単発契約”(3〜4割)の2つのパターンがある。
 統合を伴う大規模なIT 調達では専ら納期不特定契約が用いられる。これは、期間5〜8年程度の包括契約形態であり、各コスト要素の単価を決め、必要に応じてタスク発注や更新オプションを使って発注を繰り返す中で各コスト要素の数量を確定していく。
 また、包括購買契約は、5年以下(延長オプションあり)の包括契約。パソコンのような汎用製品及び保守などのサービスを対象に、単価を決めておき、必要性と予算総額のバランスの中で数量を確定していく。
 なお、米国ではFAR規定により、ベンダーが、「政府が公正な価格(fair price)を提示されたかどうかを判断する上で十分な値決め/コストに関わる情報を提示する」義務がある。このため、RFP(Request For Proposal)ではコスト要素の分解表示を求められることが多く、ベンダーは、システムの想定コストに関し、トータルコストの上限、コストの詳細を提示する必要がある。

●契約締結後も価格は適宜変更される

 契約は締結後に修正が入ることがむしろ前提で、FAR にガイドラインがある“変更条項(Change Clause)”があらかじめ組み込まれていることが多い。
 実際、今回の調査で、国防を除く$10M以上の2002年度政府IT調達の契約内訳は、37%が既存条項変更なし、逆に63%では既存条項に変更(包括契約ではコスト要素の追加/修正、単発契約ではコスト総額の変更等)が生じていることが明らかになった。

●ミッションクリティカルな大規模システムではメインフレームが使われている

 オープンシステム化が進む米国でも、図4に示すように、ミッションクリティカルな大規模システムでは、コスト、リスク、セキュリティの観点から、メインフレームが引き続き利用されている。メインフレームを語る上で、オープンかレガシーかという単純な枠組みだけで議論はしていないということである。
 なお、最近日本でも話題になっているレガシー・マイグレーションについては、社会保障庁と農務省が、いずれもサービス中断への懸念から既存システムをあえて温存した。社会保障庁の場合は、他省庁で新システムへのデータ移管が納期遅延や予算超過につながった事例も判断材料になったとしている。


図4 メインフレーム継続利用の実態  (C)2004 ボストン コンサルティング グループ

政府IT調達における課題と現状

 BCGは、日米の政府IT調達における課題と現状について図5によってまとめ、今回の調査を以下のように総括しているが、レガシー問題を考える上で極めて示唆深いものと言える。
 1990年代前半に、大規模システムで品質未達・納期遅延などの失敗事例が相次いだ米国では、図6に示すような三位一体構造の中で、品質・納期を最優先させ、発注側の政府と受注側のベンダーの役割分担も明確に定めるようになった。

・政府のIT 管理能力を高めるべく、プロジェクトマネジメントチームを組み、プログラム・マネジャーがシステム導入目的を定義し、コントラクティング・オフィサーが事務・法務の押さえを担当

・一方、ベンダー(プライムコントラクター)は、システム構築プロセス一気通貫でのend-to-end responsibilityを担保

 また、調達プロセスも、プライムコントラクターが統括責任を全うできることを最優先する。すなわち、

・工程や構成要素は極力分割しない

・期初には入札するが、その後はむしろ随契を積極的に活用する

・包括契約によって、契約締結後も契約は柔軟に修正する

 この結果、コストや透明性の管理は多少緩み、三位一体構造の中で最重視していた品質・納期を担保するための調達/システム構築両サイドのプロジェクトマネジメント力は大幅に強化された。また、運用開始後にサービス品質を測定しインセンティブに結びつけることで、サービス品質を高める仕組みも導入しつつある。
 さらに米国では、三位一体構造を全て満たすことは深追いせず、むしろ「システム投資がどれだけの効果を生むか」に視点を移しつつある。すなわち、税金で大規模システムを導入するにあたり、IT が賢い投資として使われ、投資に見合った行政サービス向上が得られるかどうかを重視する方向に進んでいるのである。


図5 政府IT 調達における課題と現状  (C)2004 ボストン コンサルティング グループ


図6 政府IT 調達の課題構造  (C)2004 ボストン コンサルティング グループ

まとめ

 中央省庁システムは、行政サービスの基盤となるミッションクリティカルなシステムである。それは、レガシー/オープンを問わず、要は高度な信頼性によって、変化する業務や法制度に適切に対応し、行政の基幹業務を効率的に処理できる必要がある。もちろん、それを再構築することで機能面/コスト面での効果が高まるのであれば、既存のメインフレームを全て廃棄してしまっても一向に構わない。すなわち、レガシーをレガシーだからというだけで否定したり、オープン化が全てを解決するかの「形式を語り中身を語らざる」議論は今後避ける必要がある。
 BCGの齊藤直人マネジャーは、今回の調査の経験を基に、レガシー問題・今後のIT調達に関し、「ベンダー側も批判に応え、コスト要素の可視化やパッケージ利用など透明性を高める努力が必要。一方で、“非は一方的にベンダーにあり”かのごとき発注側不在の議論はナンセンス。発注する官庁側も、腰を据えたCIO補佐官育成や、硬直的なキャリアローテーション人事の改善など、発注側のプロジェクトマネジメント力を高める努力をすべき。また、経産省主導で進めているEA(エンタープライズアーキテクチャー)の導入を加速化し、システムをコストだけでなく費用対“効果”で語るステージに早く移行してほしい」と述べて取材を締めくくった。

(文責 在記者)


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