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ICTソリューション総合誌 月刊ビジネスコミュニケーション

ビジネスコミュニケーション
要求工学 第13回:要求工学国際会議RE2005
NTTデータ 技術開発本部 副本部長 山本修一郎
NTTデータ 
技術開発本部
副本部長 
山本修一郎

概要

写真1 ソルボンヌ大学の中庭
写真1 ソルボンヌ大学の中庭
図1 RE05 のポスター
図1 RE05 のポスター

今回は第13回の要求工学国際会議(International Conference onRequirements Engineering,ICRE)の主要な話題を紹介しよう。RE05はパリで8月31日から9月2日までソルボンヌ大学で開催された[1](図1)。ソルボンヌ大学は歴史的な建物を現在でもそのまま使っていて、日本のような現代的な校舎でないけれども、伝統の重みを感じさせた(写真1)。参加者は約400人が参加した。190件の応募の中から39件が採録された。


図2 研究論文の発表機関の地域分布
図2 研究論文の発表機関の地域分布

論文の採録地域を見ると、北米(米国、カナダ)が46%で最も多く、次いで欧州(英国、ドイツ、フランスなど)が37%、アジアは14%で(日本2件、中国2件、オーストラリア1件)だった(図2)。つまり北米と欧州で論文の8割になるということだ。今回は中国の躍進がめだった。中国がソフトウェア工学の研究体制を整備してきた成果が、こういう形で国際会議でのプレゼンス向上につながっているのだろう。欧州が強いのはこの10年間にわたって地道な研究を産業界と学会が連携して取り組んできたことが大きい。日本が今後、ソフトウェア分野で国際的な競争力を持っていくためには、組織的な研究体制の構築と、長期にわたる継続的な取組みが望まれる。日本のこれまでの取組みを見ると、その時々の流行に追われて、米国発の技術に追従することが多かった。その点、欧州では長期的な視点で要求工学をはじめとしてソフトウェア工学に戦略的に取り組んでおり、その点が日本と欧州の差になっていると考えられる。この点は、筆者がRE05に続いて参加したソフトウェア工学基礎の国際会議FSE2005[2]でも強く印象に残った。日本企業も10 年前までは各社がソフトウェア工学の研究組織をもっていたが、現在はどうなっているのだろうか?一度失われたものを取り返すことになるのだとしたら、しばらく時間がかかることだけは間違いない。最も大きいのは人的資源が失われていることで、急に研究者の層を厚くしようとしても指導者がいなければそれも困難である。

すでにできたものを輸入するだけなら、へたに時間のかかるソフトウェア技術の研究開発などやめて商社になればいいという意見もあるだろう。しかしそれでは欧州のように自立的な競争力は育たないのではないか。中国の取組みもそういうことが分かっているからに違いない。一方で、米国の大学でもコンピュータサイエンスの志望者が減少傾向にあり、インドや中国にITの研究開発の拠点が移動することになるのだろう。そういう意味では、これからの10年でITの国際競争力の地図がどのように変化していくのか興味深い。

さて、以下では基調講演を中心に、最近の要求工学の課題について紹介する。基調講演のキーワードは、信頼性、IT アラインメント、そして実践的な手本の3つだ。

■基調講演1 Dependable Software: An Oxymoron?

写真2 Jackson 教授の基調講演風景
写真2 Jackson教授の基調講演風景

MITのDaniel Jackson 教授が、「信頼できるソフトウェア:矛盾語法?」と題してソフトウェアの信頼性事故に関する事例研究を中心に報告した。ソルボンヌの講義室が聴講者で埋まった(写真2)。ところでOxymoron(矛盾語法)とは難しい単語だが、「急がば回れ」などが例として辞書では紹介されているので、ソフトウェアを信頼できるようにすることは難しいということを言うために、このような挑戦的な題目にしたのであろう。

さて、ソフトウェアとは本質的に信頼できるように作成できるものなのだろうか?もしそうなら、そうであることをどうすれば認識できるだろうか? Jackson教授はNAS(National Academy of Sciences)における2年間にわたる「信頼できるソフトウェア」に関する研究を進めてきており、2006年初めには報告書が公開されるようである。この研究では、どのようにすればソフトウェアを信頼できるように作成できるかということについて報告することになっている。Jackson教授はこの研究のための公開ヒヤリングでしばしば驚くべき事実を聞く機会を得たという。まだ最終報告がでていないので公開はできないということだったが、要求工学と関連するいくつかの事例について紹介された内容は以下のようである。

2つの医療事故

・パナマ放射線治療事故

パナマ市立病院では28 人の患者が過剰に放射線を投与され20人が致命的な障害を負った。放射線から健全な組織を保護するブロックをGUIで治療技術者がすることになっているが、システムで作成できるブロック数が4個までしか許されていなかったので、複数ブロックをひとつのブロックとして作成した。しかし、実際には必要なブロックが抜けていて事故につながった。

・MARノックアウト

金曜夜:
注文していないが薬品管理記録(MAR, medicine admin record)の印刷とは一致している病棟に薬品が配送されたことに看護士が気づいて、薬局を呼ぶ。薬局はコンピュータを確認してみるが、すべてOKのようだ。もっとほかの問い合わせが入り始め、病院全体に問題が拡大する。
土曜夜:
破局。薬局のリストが誤っている。MARを信頼できない。すべての薬品が薬局に返却される。
土曜朝:
指導的な上級薬剤師が各病棟に昨日のMARを薬局にFAXさせ、医師の手書きの記録とのギャップを埋めた。薬局が手書きリストに基づいて処方箋を埋めた。
土曜の終わり:
データベースが更新されシステムはオンラインに戻る。誰も非難されなかった。
数日前:
甚大な化学療法事故があり、薬局のソフトウェアが投与量をチェックするように修正された。
木曜夜:
薬局のソフトウェアがデータベースの一貫性に欠陥があると報告した。ソフトウェア技術者が修正しようとしたが、失敗した。データベースが最近のバックアップから修復され、すべてうまく動作しているように見えた。
金曜:
バックアップテープが不完全だったので、データベースが再ロードにより信用できなくなった。

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