NTTグループのソリューションガイド

ICTソリューション総合誌 月刊ビジネスコミュニケーション

ビジネスコミュニケーション
要求工学 第13回:要求工学国際会議RE2005
NTTデータ 技術開発本部 副本部長 山本修一郎
NTTデータ 
技術開発本部
副本部長 
山本修一郎

■基調講演3
Exemplars for Better Requirements - Tales from the Trenches

ロバートソン女史は、要求分析手法Volere の開発者の一人で、昨年は要求分析生産物をソフトウェア開発プロジェクトの中でプランニングとモニタリングに活用すべきかに焦点をあてた著書を出版している[3]

講演のタイトルにあるExemplars(手本)とは、典型的な代表例(モデル)のことである。講演では、最初にニュートンの有名な言葉、「If I have seen further it is by standing on the shoulders of Giants」「もし、私が遠くを見ることができたのだとしたら、巨人たちの肩の上に立っているからだ」を紹介して、良い要求を抽出するためには「良い手本」が必要だと主張した。要求分析のための手本を定義するためには、それを認識し、命名し、説明することが必要だ。

さて、要求の作成に貢献してくれる手本とは何だろうか?いくつかの例を紹介しておこう。

オレンジを食べる:合理的な分解の仕方

オレンジを食べるときにどのように分ければいいかを考えると、要求をどのように分析すればいいかのヒントになる。ということで、次のような留意点を示した。

  • 自然なつなぎ目を探す
  • インタフェースを最小化するように分割する
  • ごちゃごちゃにならないようにする
  • 何も失うことなく元に戻すことができるか

つまり、オレンジの皮をむいて、一つひとつの房にわけ、今度は房の皮と中身に分けていくのが、自然な分け方だというのである。そうしておけば、無理がないのでまたもとのオレンジを復元できるだろう。

要求の基礎:関係者、ゴール、スコープ

要求を作成する場合には、関係者、ゴール、スコープを明確にすることが重要だ。

・関係者:
プロジェクトについて何らかの関心があり影響を与える人物。
・ゴール:
プロジェクトを遂行することの理由を定義し定量化する。
・スコープ:
プロジェクトの境界。スコープの広さと深さは別である。

また、関係者、スコープ、ゴールは互に関係しており、変更が他に影響を与えるので、反復的な検討が必要になる。

◆並行して生産物を考える:2つの異なるスコープ

人間は順序機械ではないので、物事を並列に処理できる能力がある。また最初から検討のスコープを決めるのは難しいので、生産物に対するスコープを決めて検討するといい。理解すべき要求のスコープとこれから構築すべきソリューションのスコープの2つを考える。この2つのスコープを並行して検討し、差異を明確にしていくことができる。

従来の考え方では、まず要求を抽出してから、ソリューションを仕様化するという順序的なプロセスが推奨されてきたが、同時並行で要求とソリューションを考えていくほうが確かに自然かもしれない。ただし、要求とソリューションを混同しないようにスコープを明確に分けておくことがポイントで、このような思考になじむための訓練が必要になるだろう。

壁のある部屋:協調ミーティングの手法

複数人による会議では、共有できる壁に課題やアイデアを張り出して議論する。また議論の過程で壁に書きとめた情報をデジタルカメラで撮影して資料化することで、会議での議論をすばやくまとめて役立てることができる。

我々もホワイトボードを用いて、同じようなことをやっている。アイデアを思いついても何かにメモを残して目に見える形にして議論しておかないと、思わぬ誤解などが後で生じるかもしれない。議論の内容を書き出して、コピーをとって、すぐまとめて、参加者の意見を集めるというやり方で、会議の生産性を向上できることは、我々もよく経験済みだ。このような手法を改めて紹介されるところをみると、口頭の議論だけで終わっていたりすることが英国でも意外に多いのかもしれないと感じる。いずれにしろ、デジタルカメラなど新しい情報機器の活用法をもっと考えていく必要があるだろう。

Exemplarという単語は、今回の講演で初めて知った。要求のための実践的な「お手本」という点では、納得できる話の内容だった。逆に言えば、これまでにもこんなことはやっているということでもあるが、そういうことをひとつひとつ抽出してきて、名前をつけて、体系化していくという粘り強さというか根気に感心した。やはりこういうところが欧州的だと思う。日本では、現場や個人のノウハウとか、経験と勘という言葉で片付けているところを、地道に整理しているので、大変参考になった。まさに、Identify it, Name it, Show itである。それでなければ、知識が蓄積していかない。こういうやり方で知識を組織化していくことの積み重ねは、積分できいてくるので、やり続けたところとそうでないところでは、大きな差になってくることは間違いない。もっとも、日本では、これが学問なのかという専門家もいるかも知れないが、オブジェクト指向の設計パターンなども、基本となる考え方は同じであろう。

■ビジネス要求とITアラインメントのための要求工学ワークショップ
(REBNITA 2005)[4]

REBNITAはRE05の開催に合わせて、併設されたワークショップのひとつである。最近ではIT をビジネス組織と切り離して考えることはできないようになってきている。だからこそ要求工学でも組織のビジネスニーズを考慮する必要が出てきているわけだ。しかし、これまでの要求工学の研究では、現実世界のビジネス上の課題については必ずしも十分に解決できているというわけではない。そこで、REBNITAでは、産業界に対して有用な要求工学の研究を行うために、ビジネスニーズを包含する要求工学のアプローチについての研究フォーラムの場を提供することを目的としている。

基調講演では、オーストラリア最大のCBA銀行(Commonwealth Bank)の前CTO であるPeter Reynolds氏が10億ドル規模のプロジェクトでの成功要因として、CBA銀行の目的とIT要求とのアラインメントが重要だったことを紹介した。

セッションには、(1)Industry Cases(2)Business - Specification Alignment(3)Alignment Issues(4)Stakeholder Views(5)Goals, Risk and Value(6)Alignment, Measurement and Modellingがあった。日本からは我々が最初のセッションで事例研究を発表した。

NTTデータでは今年7月に、ソフトウェア工学推進センターを組織として立ち上げ、要求工学の研究にも取り組んでいる。REBNITAで発表した戦略モデリングの研究[5]もそのひとつである。この研究の概要については、本連載第7回の要求確認でも紹介した[6]。このような研究は国内では、まだあまり注目されていないが、海外ではIT アラインメントということで、まさにホットな研究テーマになっていることが分かった。ビジネスとIT 要求のアラインメントでは、IT 要求の妥当性をビジネス要求との整合性によって確認するのだが、我々の手法では客観的なKPI データを用いて定量的に妥当性を確認できる点に特徴がある。今回の発表により我々の研究の方向が間違っていなかったという確信が得られたことは大きな収穫であった。今後は海外の研究者との連携につなげていくことを考えたい。

■その他の話題

今年新たに登場したセッションとしては、パーソナルソフトウェア、限定自然言語表記法、ポリシー指向要求、ビジネスゴールへの要求のアラインメントなどがある。パーソナルソフトウェアの研究では、個人に適応する手法として、個人のためのゴール分析手法が提案された。限定自然言語の研究では、京大の大西教授によるシナリオの検証やパターン化された自然言語記述を用いて仕様作成を支援する方式、限定言語の表現能力を定量的に評価する手法などの発表があった。ポリシー指向要求では3件の発表があったが、いずれもゴール分析手法を用いて非機能要求としてアクセス権限をモデル化するという提案があった。セキュリティ要求については、ゴールモデリングが主流になっていくと思われる。

要求アラインメントの研究では、ゴール分析を用いてWebサービスを発見する手法と組織横断的なERP連携のための問題分析手法の提案があった。ところで、ITのコモディティ化が話題になることがあるが、ルノーのEAの取組みを見ると、ITを如何にしてビジネス要求に適合させていくかという「アラインメント」こそが本質だということが分かる。コモディティ化されたITを持ってきても、要求されるビジネスに適合しなければ意味がない。この点を忘れてはならない。ビジネスは、また常に変化するものだ。だからこそ継続的にITの効果を測定して改善することが必要になる。コモディティITではビジネスの進化に対する柔軟性に欠けることになる。

参考文献

  • [1] 1]第13 回要求工学国際会議, http://www.re05.org
  • [2] Foundations of Software Engineering, http://esecfse05.di.fct.unl.pt/
  • [3] Suzanne Robertson, James Robertson, Requirements-Led Project Management, Addison Wesley, 2004
  • [4] REBNITA 2005, 1st International Workshop on Requirements Engineering for Business Need and IT Alignment, http://homepage.mac.com/karlalancox/REBN2005.htm
  • [5] Atsushi Kokune, Masuhiro Mizuno, Kyoichi Kadoya, Shuichiro Yamamoto, "A Fact-Based Collaboration Modelling and its Application", http://homepage.mac.com/karlalancox/documents/MizunoCRC_000.pdf
  • [6] 山本修一郎, 要求工学, http://www.bcm.co.jp/site/youkyu/index.html
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