NTTデータ
技術開発本部
副本部長
山本修一郎
未来実現ツリーの構成要素
未来実現ツリーの構成要素は現状分析ツリーと同じだ。異なるのは未来実現ツリーには悪循環ループがないことと、その代わりに対立解消図で発見したインジェクションと好循環ループとネガティブ・ブランチがある点だ。
未来実現ツリーの作成プロセス
未来実現ツリーの作成では、次の2つの問に答える必要がある。
- 問1
- インジェクションが望ましい結果をもたらすか?
- 問2
- 新たな望ましくない影響をもたらすか?
未来実現ツリーの作成プロセスを表3に示す。
作成手順 | 留意点 | |
---|---|---|
1 |
インジェクションの好ましい結果を抽出する | 現状分析ツリーの問題点を用いて好ましい結果を求める |
2 |
基本的なインジェクションを形成する | インジェクションを表現する |
3 |
既知の現実と,対立解消図の構成要素を組み込む | 未来に関する事実を追加する 対立解消図の目的要, 件,前提を追加する |
4 |
構成要素を関係付ける | 要素間の因果関係を追加する またインジェクションを実施することによる因果関 結果として引き出される事実を追加していく |
5 |
好循環ループを探す | 下位の結果とともに上位の結果を増幅させるような新たな インジェクションを探すことにより,好循環ループを構成する |
6 |
ネガティブブランチの可能性を探す | インジェクションを起点としてよくないことが発生する 可能性を調べる.ネガティブブランチを防ぐための新たな インジェクションを見つけて未来実現ツリーを改善する |
第1の問に対する答えは手順1から手順5で作成されるインジェクションと現実から導かれる好ましい結果としての好循環ループである。第2の問に対する答えは手順6で作成されるネガティブ・ブランチである。このように未来実現ツリーは、現状分析ツリーとは反対に、インジェクションから出発して好ましい結果に向かってボトムアップに作成する。
【手順1】インジェクションの好ましい結果を抽出する
現状分析ツリーの問題点を用いて好ましい結果を求める。具体的には、現状分析ツリーのエンティティである因果関係の原因と結果を表す現象やできごとや、原因から導かれる好ましくない結果としてのUDE(Un-Desirable Effect)の記述を参考にして好ましい結果を記述する。
【手順2】基本的なインジェクションを形成する
インジェクションを記述する。【手順3】既知の現実と、対立解消図の構成要素を組み込む
未来に関する事実を追加する。対立解消図の目的、要件、前提を追加する。
【手順4】構成要素を関係付ける
要素間の因果関係を追加する。
また、インジェクションを実施することによる因果関係の結果として引き出される事実を追加していく。
【手順5】好循環ループを探す
下位の結果とともに上位の結果を増幅させるような新たなインジェクションを探すことにより、好循環ループを構成する。
【手順6】ネガティブ・ブランチの可能性を探す
インジェクションを起点としてよくないことが発生する可能性を調べる。ネガティブ・ブランチを防ぐための新たなインジェクションを見つけて未来実現ツリーを改善する。
ネガティブ・ブランチの作成プロセスを表4に示す。
■望ましくない影響を防ぐためにどのような方法があるのか?
作成手順 | 留意点 | |
---|---|---|
1 |
行動,意思決定,方針を抽出する | 新しく選択する行動を記述する |
2 |
プラス面とマイナス面を列挙する | 新しい行動から生じる結果を記述する |
3 |
望ましくない結果に向けてボトムアップにネガティブブランチを作成する | マイナス面の結果にいたる原因と結果の因果関係を作成する |
4 |
変化点を見つける | 新しい行動から望ましくない結果にいたる因果関係の中から最初にマイナスになる結果を変化点として見つける |
5 |
変化点の背景にある仮定を見つける | 変化点の結果がマイナスになる理由を分析してその条件仮定として記述する |
6 |
仮定を否定できるインジェクションを作る | 変化点の仮定を否定するアイデアを見つけ, インジェクションとなる行動を作成する |
7 |
インジェクションがネガティブブランチの発生を防ぐことを確認する | 最後のプラスとなる結果と同じレベルにインジェクションを記述し,望ましい結果が得られることを確認する |
8 |
インジェクションを実施する | 未来実現ツリーにネガティブブランチをそのインジェクションと望ましい結果とともに追加する |
ネガティブ・ブランチの作成では、次の2つの問に答えることで、ネガティブ・ブランチを防ぐインジェクションを発見して未来実現ツリーを完成する。
- 問1
- 望ましくない影響をもたらすか?
- 問2
- 望ましくない影響を防ぐためにどのような方法があるのか?
上勝町の未来実現ツリーの例
何を変えることで上勝町は成功したのか? 上勝町の未来実現ツリーを図3に示す。この未来実現ツリーには次のような好ましい結果がある。
図3 上勝町の未来実現ツリー
- 地域社会が活性化する
- 税収が増加する
- 医療費が減少する
- 住民に元気がある
- 事業投資する資金がある
また、未来実現ツリーには雲(対立解消図)の目的である「地場産業を創出して地域を活性化する」ことや、雲の要求である「町の予算執行を健全化する」ことと「町民の生きがいを増進する」ことをあげている。
インジェクションによって好転した事実には、次がある。
- 町民の収入が増える
- 町民の生活に余裕がある
- 働く場所ができて、働き手が都会から戻る
- 住民が増加することで、税収が増加する
未来実現ツリーの因果関係を見ていくと、次のようなことが分かるだろう。
- 町民の生きがいが増進することで元気になり町の医療費が減少する
- これにより税収が増加することで、町の予算執行を健全化することができた
- さらに事業投資する資金が生まれることで、事業を拡大できるようになるため、好循環ループが生まれるのである
未来実現ツリーの目的は次の2つである。
- 目的1
- 提案された変革が望ましい結果をもたらすこと
- 目的2
- 変革がもたらす悪影響を予測し、新たなインジェクションにより対策をとること
図3に対するネガティブ・ブランチとそれに対するインジェクションを加えた例を図4に示した。ここでのネガティブ・ブランチは「葉っぱが売れることを高齢者が知らないこと」である。そのインジェクションは「都市の料亭で葉っぱが料理の『つまもの』になっていることを見てもらう」ことである。
実際に上勝町の担当者は大阪の料亭に高齢者を連れて行き、「つまもの」が料理に出されるのを見せたことで、上勝町のお年寄りも葉っぱが商品になることに納得したのだそうだ。このことからも未来実現ツリーとネガティブ・ブランチの有効性が分かるだろう。
まとめ
今回は、ゴールドラットによる論理思考プロセスの対立解消図と未来実現ツリーについて述べ、事例を紹介した。
ゴールドラットによれば、現状を認識するだけではシステムを改革することはできない。論理的な因果関係を明らかにすることで、なぜ好ましくない結果が生じるのかを理解し解消するとともに、選択した行動によって好ましくない結果を導く場合には、さらに対策を講じる必要がある。これは対立解消図と未来実現ツリーによって達成できる。
次回はゴールドラットの第3の問に対する手法を紹介しよう。変革とは何かを明確化する未来実現ツリーに対して、どのように変革を実行するのかを具体化するための前提条件ツリーや移行ツリーなどについて述べることにする。
■参考文献- [1]エリヤフ ゴールドラット著, 三本木 亮 訳、ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か、ダイヤモンド社 、2001
- [2]H.ウイリアム デトマー著, 内山 春幸, 中井 洋子訳、ゴールドラット博士の論理思考プロセス―TOCで最強の会社を創り出せ! 同友館、2006
- [3]朝日新聞、葉っぱで年商2.5億円、地域に生きて、新商売、2006,11月27日朝刊
- 60:要求とアーキテクチャ
- 61:要求と保守・運用
- 62:オープンソースソフトウェアと要求
- 63:要求工学のオープンな演習の試み
- 64:Web2.0と要求管理
- 65:ソフト製品開発の要求コミュニケーション
- 66:フィードバック型V字モデル
- 67:日本の要求定義の現状と要求工学への期待
- 68:活動理論と要求
- 69:ビジネスゴールと要求
- 緊急:今、なぜ第三者検証が必要か
- 71:BABOK2.0の知識構成
- 72:比較要求モデル論
- 73:第18回要求工学国際会議
- 74:クラウド時代の要求
- 75:運用要求定義
- 76:非機能要求とアーキテクチャ
- 77:バランス・スコアカードの本質
- 78:ゴール指向で考える競争戦略ストーリー
- 79:要求変化
- 80:物語指向要求記述
- 81:要求テンプレート
- 82:移行要求
- 83:要求抽出コミュニケーション
- 84:要求の構造化
- 85:アーキテクチャ設計のための要求定義
- 86:BABOKとREBOK
- 87:要求文の曖昧さの摘出法
- 88:システムとソフトウェアの保証ケースの動向
- 89:保証ケースのためのリスク分析手法
- 90:サービス保証ケース手法
- 91:保証ケースのレビュ手法
- 92:要求工学手法の再利用
- 93:SysML要求図をGSNと比較する
- 94:保証ケース作成上の落とし穴
- 95:ISO 26262に基づく安全性ケースの適用事例
- 96:大規模複雑なITシステムの要求
- 97:要求の創造
- 98:アーキテクチャと要求
- 99:保証ケース議論分解パターン
- 100:保証ケースの議論分解パターン[応用編]
- 101:要求発展型開発プロセスの事例
- 102:参照モデルに対する保証ケース
- 103:参SEMATの概要
- 104:参SEMATの活用
- 105:SEMATと保証ケース
- 106:Assure 2013の概要
- 107:要求の完全性
- 108:要求に基づくテストの十分性
- 109:システムの安全検証知識体系
- 110:機能要求の分類
- 111:IREB
- 112:IREB要求の抽出・確認・管理
- 113:IREB要求の文書化
- 114:安全要求の分析
- 115:Archimate 2.0のゴール指向要求
- 116:ゴール指向要求モデルの保証手法
- 117:要求テンプレートに基づく要求の作成手法
- 118:ビジネスゴールのテンプレート
- 119:持続可能性要求
- 120:操作性要求
- 121:安全性証跡の追跡性
- 122:要求仕様の保証性
- 123:システミグラムとドメインクラス図
- 124:機能的操作特性
- 125:セキュリティ要求管理
- 126:ソフトウェアプロダクトライン要求
- 127:システミグラムと安全分析
- 128:ITモダナイゼーションとITイノベーションにおける要求合意
- 129:ビジネスモデルに基づく要求
- 130:ビジネスゴール構造化記法
- 131:保証ケース導入上の課題
- 132:要求のまとめ方
- 133:要求整理学
- 134:要求分析手法の適切性
- 135:CROS法の適用例
- 136:保証ケース作成支援ツールの概要