●グリッドコンピューティングの動向とそれを支える技術

第2回 グリッド・コンピューティングの始まり

日本アイ・ビー・エム グリッド・ビジネス事業部 技術理事 関 孝則


■インターネット・スタンダードの中でのグリッド

 現在グリッドは、基本的には生まれたてで多様なルーツを持つ技術ではあるが、その形態は会社により様々である。もし、これがオープンな技術になったらどうなるであろうか。

 過去、特にアカデミックな分野から発生したオープンな技術としては、ネットワークのTCP/IP、電子メールのSMTP、POP3、WWWのHTTPやHTML、OSのLinuxなどが有名だが、これらは当初、アカデミックな分野で採用されていた。いずれもシンプルで、インターネットを介して広がり、最終的にはビジネス分野への適用により爆発的に増加した。

 これによりネットワークが、メッセージが、情報コンテンツが、OSがそれぞれの技術により共有されるようになった。

 一方、アプリケーション同士を接続する、言い換えれば、アプリケーションの資源を相互に使い合ったり共有するといった技術としてWebサービスがあり、これもオープンな技術として、今まさに利用が始まったところである。この技術は、アカデミックというよりは産業界が積極的に相互に歩み寄って作りあげているオープンな技術といえるだろう。

 このようにインターネットは、オープンな技術によって、その広い意味での共有の概念をネットワークからアプリケーションにまで広げてきた。この次に考えられているのが、インターネットを介したIT資源の共有であり、グリッド技術である。グリッドの概念が、「組織を超えて仮想的なコンピュータを使う」ということであることから、これは必然だったかもしれない。現在この中で、アカデミックから生まれた、前回簡単にご紹介したGlobusという技術が、アカデミックな世界では標準の位置を確立しつつある。これがビジネスへの適用へと拡大していくのは、ある意味で、昔通って来た道ともいえる現象かもしれない。

 現在グリッドのミドルウェアは、残念ながらオープンな技術で標準化されているような世界ではなく、多くのグリッドミドルウェアが、ベンチャー企業により思い思いに開発され、それぞれが、ユーザーに価値を与え始めてきている。しかし、オープンでないために、相互の接続などが困難となっているもの事実である。

 Platform Computing社はプロセシング・グリッドを、AVAKIはプロセシング・グリッドのほかにデータ・グリッドを、また、United DevicesではPCでのプロセシング・グリッドを提供している。

 一方アカデミックな世界では、前に述べたGlobusというオープンソースのプロジェクトが数年前から立ち上がり、急速に広がりつつある。このミドルウェアはツールキットとなっており、これだけではグリッドのシステムをすべて構成することはできないが、必要最低限のグリッド・ミドルウェアを持つことから、多くの国家単位のグリッド・プロジェクトで採用されている。

 現在は、このような標準化前夜のグリッド・ミドルウェアではあるが、Globusを中心に事実上の標準化が始まっているといえるだろう。

■Globusのより広い応用のためのOGSA

 一方、IBMは冒頭述べたe-ビジネス・アプリケーションのインフラでのグリッドの必要性に気づき、そのミドルウェア化を2001年に検討していた。そこで、前述のGlobusに目をつけ、ここにビジネスで使える機能を追加することで、オープンでかつ広く使われるグリッドのミドルウェアができないかと考えた。IBMは、Globusプロジェクトにそれを提案し、OGSA(Open Grid Services Architecture)という名前のアーキテクチャーをGlobusに入れ込む合意を得た。2002年2月、IBMはGlobusプロジェクトとともに、次世代GlobusであるOGSAをグリッドの標準化団体であるGGF(Global Grid Forum-http://www.gridforum.org/)に提案し、多くのベンチャー企業、多くの伝統的IT企業の注目とともに賛同を得ることに成功した。

 現在、2003年の夏にOGSA化したGlobusのリリースを目指しており、OGSAの標準化はGGFで最終局面を迎えようとしている。次世代GlobusのアーキテクチャーであるOGSAは、現在多くの企業がその採用を検討しており、まさにグリッドのオープン・スタンダードとなりえそうな気配である。これはちょうど他のインターネット系の標準が通ってきた道であり、IBMがそれをGlobusとともにリードしているといえるだろう。

 
図7 現在のグリッド・プロトコル 図8 OGSAによるミドルウェアのスタンダード化

■OGSAのフレームワーク

 OGSAは、Open Grid Services Architectureの名の通り、いろいろなIT資源をWebサービス同様にサービス化し、グリッドサービスとしてオープンな標準としようというものである。図9のようにOGSAはすべてのIT資源で採用され得るものである。


図9 OGSAのフレームワーク

 それは、物理的なIT資源であるサーバ、ストレージ、ネットワークはもちろんのこと、より論理的なIT 資源でも利用される予定であり、データベース、セキュリティなどが代表的なところだ。さらに、アプリケーションを開発する環境であるアプリケーション・サーバにおいても、利用できるようになる。

 OGSAを実装するGlobusは最初のバージョンはJ2EE環境で稼動し、将来的には、他の実行環境にも拡張する予定だが、基本はJ2EE環境となるだろう。

 OGSAは、そのアイデアはまさにWebサービスで、実態はWebサービスの機能を拡張しているものである。すべてのIT資源が、サービスとして管理され、アプリケーションから必要なIT資源は、そのサービスを使って動的に利用できるようになり、アプリケーションからは、論理的なグリッド・サービスを呼び出したり、物理的なグリッドサービスを段階的に呼び出したりするだろう。Webサービスのアプリケーションは透過的に後ろでOGSAを使うこととなると考えられる。

 また、グリッドサービスを使うことにより、その上のオートノミックな機能や、今までベンチャー企業が作っていた高度なグリッドのミドルウェア機能が、アプリケーションとの間に開発されていくだろう。

 OGSAで規定された世界というのは、機種を問わず、場所を問わず、自由に資源をやりとりし、アプリケーションにより、仮想化された巨大なIT資源をみせることだ。

 これがOGSAがめざしているグリッドの世界である。

■OGSAとパートナーシップ

 IBMでは、このOGSAでのビジョンをGlobusプロジェクトとともに実現していく。また、これらはすべてオープンで、どの企業でも利用することができる。

 IBMの製品をOGSAの図にマップしたものを図10に示す。IBMのサーバ、ストレージは、近い将来、OGSAを中に組み込んだ形になるだろう。


図10 OGSAとパートナーシップ

 中央のWebサービスとOGSAの下位の層は、主にWebSphere Application Serverに取り込まれていき、そして、Tivoliはその上の高度なオートノミック機能を、グリッド上で実現する管理ソフトを提供していくことになるだろう。

 これらは、現在のベンチャー企業のグリッド・ミドルウェアとは異なる機能を実現するため、共存する関係となり、最終的には、これらのOGSA化されたIT資源のサービスを、OGSAを通して直接呼び出すベンダーのアプリケーションも出現することが予想される。

 IBMは現在、標準化団体GGFを旗頭に、こういった他ベンダーのOGSA採用を推進している。GGFでは、多くの検討ワークグループがOGSAを扱うようになってきている。そのGGFにはMicrosoftをはじめ、日本では富士通、日立など多くの企業がスポンサーとなり、直接、または間接的にOGSAを支援する体制となってきた。

 今回は、現在のグリッドの姿と、OGSAを柱とした今後のビジョンについて紹介した。次回はグリッドのビジネスでの利用について述べていきたい。

 

 


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