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ICTソリューション総合誌 月刊ビジネスコミュニケーション

ビジネスコミュニケーション
第14回:ゴール分析
NTTデータ 技術開発本部 副本部長 山本修一郎
NTTデータ 
技術開発本部
副本部長 
山本修一郎

次に地域情報化問題の例としてブロードバンド(BB)整備をトポイ図で記述してみよう。フランスのパリ郊外にフランスで最も先進的なサイバーコミュニティとして有名な人口約6万人で約3万世帯が居住するイシー・レ・ムリノー地域がある。この地域では第3セクタ「イシー・メディア」が住民のICTリテラシー向上を先導しており、住民の約60%がインターネットを利用し、その半数がブロードバンドアクセスである。

イシー・レ・ムリノーでは、BB基盤を整備することで、多数のIT企業をこの地域に呼び込んで、IT企業の集積を実現した。これにより、IT企業からの法人税収が増加した。またIT企業に勤務する住民も増加し、住民税も増加した。この税収の増加により、さらにBB基盤の投資を進めることができた。BB基盤の整備が進展することで、またIT企業や住民の増加が期待できる。

図6 イシー・レ・ムリノー地域のBB環境整備に対するトポイ図
図6 イシー・レ・ムリノー地域のBB環境整備に対するトポイ図

このイシー・レ・ムリノー地域のBB環境整備に対するトポイ図を図6に示す。この図を見れば、BB環境整備のベストプラクティスの一つを明瞭に理解できるのではないだろうか?このようにトポスは人間の概念や思考を合理的に説明する手段として活用できる。

このトポイ図では、ループ構造を記述していることを注意しておく。通常のゴール分析木やトポイ図では、上位概念を下位概念に詳細化していくので、フィードバックは表現できない。しかし現実世界の事象に関する因果関係分析では、このようなポジティブ・フィードバックや、ネガティブ・フィードバックを表現したほうが有益な分析ができると思われる。

ゴールの効果的な活用法

ゴールの効果的な活用法は、次に示すように、密接に関連するけれども異なる対象を互いに関係付けるための手段として使うことである。

シナリオとゴールを対応付ける

本連載の第12回で紹介したように、ゴールとシナリオの基本的な関係は、ゴールを実現するための具体的な動作の系列としてシナリオを対応付けることにある。まずシナリオを作成し、次にこのシナリオの構成要素としてのサブゴールを発見するという2段階で構成する。サブゴールを見つけたら、対応するシナリオを記述することにより、新しいサブゴールを探索する。このようにシナリオを利用することで、ゴールをサブゴールに分解することもできる。

ソフトウェアの機能をビジネスゴールと対応付ける

ゴールグラフを用いてシステム機能とビジネスゴールを対応付けることができる。ゴールというシステムに対する非機能特性を分析することで、システムの機能とビジネスゴールの一貫性を具体的に検討できるようになる。

顧客と開発者のコミュニケーションを改善する

ゴールを用いて問題の背景を合理的に分析しながら顧客とコミュニケーションすることでシステム要求の内容を明確に議論できるようになる。この場合、ビジネスゴールは顧客が持つ問題意識を開発者に具体的に伝えるための効果的な手段になる。

システム構成の代替案を比較する

ゴールは要求抽出や要求分析だけではなく、システム開発の下流工程でも利用できる。たとえば、設計工程や製造工程では、システム構成やアルゴリズムの代替案に対する評価項目を非機能要求としてゴールで記述することにより、最適な代替案を評価し選択することができる。

機能間の相互関係を理解する

ゴールを用いることにより、ゴールと機能、ゴール間の関係が明確になっているので、機能間の関係もまた、ゴール関係を用いて確認できる。また、システム更改では、一見するとなぜ、その機能が必要なのかどうかわからないモジュールを発見することがよくある。もし、モジュールに対する機能のサブゴールが記述されていれば、そのモジュールの存在理由を合理的に説明できるはずだ。試験でもそのゴールに応じた適切な試験項目を抽出してモジュールの正しさを確認できるだろう。

ゴール分析の留意点

ゴールを記述する際の詳細化の度合い(粒度)やゴールの抽象度を決めておくことが重要である。たとえば、サブゴールをどこまで詳細化していくかについては良く考える必要がある。サブゴール間の粒度のバランスを調整していくことがポイントだろう。

また、ゴールグラフやトポイ図などの表現法がいくつかあるので、課題に合わせて適切な表現法を選択する必要がある。

ゴールが非機能要求だけでなく機能要求の修正に伴って変更されることもあるかもしれない。またゴールがトポスとしての問題の背景を記述するものであれば、ビジネス環境やシステム環境の変化に伴って、ゴールが変更されるのは当然だ。したがってゴールの変更管理に留意する必要がある。またゴールが表現する内容の抽象度をゴールの変更に際して適切に維持しておくことも重要である。

 

いずれにしても、ここで紹介したように、ゴールと機能要求とが明確に関係付けられていて変更管理ができていれば、環境変化にも容易に対処できる要求仕様を作成できるに違いない。

ゴール分析では、ゴール間の因果関係やAND/OR分解を記述するわけだが、その関係はあくまでも論理的に記述しただけであり、実際に成立するかどうかについては、システムを運用した上でないと実証できないことに注意する必要がある。もしゴールが、オブジェクト、オブジェクトの属性、属性の状態によって表現できるとすると、ゴールの状態をシステム運用時に監視できることになる。したがって、ゴール間の依存関係の妥当性をシステムの運用情報に基づいて評価できるわけだ。このようにゴール分析をしっかりやっておくことで、システム導入効果を評価できるだけでなく、新たなシステムや業務課題を定量的なデータによって検証できるようになる。

今回はゴール分析手法について概観し、NFRフレームワークやトポスとゴール分析の関係などについて紹介した。次回はi*手法について紹介しよう。

参考文献

  • [1] Lawrence Chung, Brian Nixon,Eric Yu, John Mylopoulos, Non-Functional Requirements In Software Engineering, Kluwer Academic Publishers, 2000.
  • [2] 海谷治彦、要求工学 イブニングチュートリアル(第4回),ゴール指向要求分析法, http://kaiya.cs.shinshu-u.ac.jp/2004/gora/
  • [3]トポス,http://www.nttdata.co.jp/rd/riss/ndf/1999/03/keyword/topos.html
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