NTTデータ
技術開発本部
副本部長
山本修一郎
概要
今回から数回に分けてゴールドラットの論理思考プロセスを紹介しよう。ゴールドラットは制約理論(TOC, Theory of Constraint)で有名だ。数年前に日本でも紹介されて話題になった「ザ・ゴール」[1]という本をご存知の方も多いのではないか?論理思考プロセスは制約理論に基づくシステム変革案を現場に導入していくためにゴールドラットによって考案された6つの図式からなる分かりやすい手法だ。今回はまず制約理論のポイントを紹介し、論理思考プロセスの構成と現状分析ツリーを説明する。現状分析ツリーは論理思考プロセスで最初に用いられる図式で、人間活動を含めたシステムのボトルネックとしての好ましくない問題の根本原因を発見する手法だ。
制約理論
制約理論は制約条件の理論とも呼ばれる。もともと製造業の生産プロセスを全体最適するために考案された理論である。生産プロセスを構成する各プロセスごとに最適化しても全体の生産性を最適化できないことが多い。この理由は、もっとも生産性の低いプロセスをそのままにして、それ以外のプロセスで生産を続けると、生産性の高いプロセスで生産された仕掛かり品が、生産性の低いプロセスによる加工能力を超えた量だけ、仕掛かり在庫になってしまうからである。したがって、生産プロセスの全体最適化では、もっとも生産性の低いボトルネックとなるプロセスを見つけ、その生産性を改善することと、その生産性にあわせて他のプロセスの生産性を調整することが必要になる。また、このボトルネック・プロセスを効率化することで、ボトルネックが他のプロセスに移動することがある。この場合には、継続して、新たなボトルネック・プロセスの生産性を高める工夫が必要だ。このように一連の生産プロセスを改善していくことができるが、いつかは工場内の生産プロセスの生産性をそれ以上高めることができない限界に到達することになる。この場合は、生産性のボトルネックが工場外の部品サプライヤであったり、物流プロセスであったり、製品の購入市場にあることになる。つまり、工場内の生産プロセスから、サプライチェイン全体のプロセスを最適化していくことが必要になるのである。
論理思考プロセス
ゴールドラットは、システムを合理的に変革するためには、次の3つの問いに論理的に答える必要があるとした[2]。
- 【問1】現状の何を変えるのか?
- 【問2】それを何に変えるのか?
- 【問3】どのように変えるのか?
第一の問いは現状のシステムのボトルネックを発見するための問である。現場に対して問題を指摘しても「そんな問題があることは最初から分かりきっている」といわれて、改革が進まないことが多い。また「現場には問題がたくさんありすぎて、どれから手を付けていいか分からないからそれがまた問題なんだ。優先順位を付けろといわれても、どの問題も大変で、順番なんかつけられない」などと抵抗されるかもしれない。
実際、ゴールドラットもそういう状況に置かれたのだろう。いくら改善策を考案できても現場に受け入れられなければ意味がない。ゴールドラットによれば、このようなシステム改革の現場導入を円滑にすすめる方法は、現場の問題を論理的に把握し、改革案がこれらの問題を解決できることを論理的に確認することだ。
第二の問は、改革案を導くための問だ。第三の問は改革案を着実に現場実施するための活動を導くための問である。
論理思考プロセスでは、これらの問に対して表1に示すような6つの図式を用いて論理的に回答できるようにしている。
改革の問い | 図式 | 説明 |
---|---|---|
何を |
現状分析ツリー | 現状の問題点とその根本原因との因果関係を論理的に分析する |
何に |
対立解消図 | ゴール,ゴール達成の要件,要件の前提の相互関係を分析することにより,前提間の対立を解消するインジェクションを発見する |
未来実現ツリー | インジェクションと因果関係に基づいて,想定される好ましい結果とネガティブブランチの可能性を明らかにする | |
ネガティブ・ブランチ | 最悪の事態に備える | |
どのように |
前提条件ツリー | 最終目標と障害や中間目標としての行動の時間的な依存関係を具体化する |
移行ツリー | どのように変革を完成するかを示す行動の時間的な順序関係を具体化する |
何を変革するのか?
現状分析ツリーを用いて現状の問題点とその根本原因との因果関係を論理的に分析する。
何に変革するのか?
まず対立解消図を用いてゴール、ゴール達成の要件、要件の前提の相互関係を分析することにより、前提間の対立を解消するインジェクションを発見する。次に、未来実現ツリーを用いてインジェクションと因果関係に基づいて、想定される好ましい結果とネガティブブランチの可能性を明らかにする。さらに、ネガティブ・ブランチを用いて最悪の事態を予測し、それに対するインジェクションを考案する。ネガティブ・ブランチを未来実現ツリーに追加する。
どのように変革するのか?
前提条件ツリーを用いて最終目標と障害や中間目標としての行動の時間的な依存関係を具体化する。また移行ツリーを用いてどのように変革を完成するかを示す行動の時間的な順序関係を具体化する。
現状分析ツリーの構成要素
現状分析ツリーの構成要素にはノードとノード間の関係がある。ノードにはエンティティと呼ばれる因果関係の原因と結果を表す現象やできごとと、原因から導かれる好ましくない結果(UDE, Un-Desirable Effect)がある。
現状分析ツリーのノード間の関係には次の5種類がある。
- 因果関係 エンティティ間の関係。下位の原因から結果が論理的に導かれることを表す。
- OR関係 複数の原因のいずれかが成立するとき、結果が生じることを表す。
- AND関係 複数の原因がすべて成立するとき、結果が生じることを表す。楕円を矢印に合わせて使用することでAND関係を表現する。
- 加算関係 複数の原因が成立することで結果が加算的に増幅されることを表す。楕円の代わりに蝶ネクタイをイメージした図形を用いる。
- 悪循環関係 上位の結果が下位の原因の発生条件になり、悪循環ループを構成する。
表2 現状分析ツリーの構成要素
現状分析ツリーの読み方は簡単だ。たとえば因果関係に従って下から「もし『原因』ならば、『結果』となる」と読む。またAND関係の場合は、「もし『原因』かつ『原因』ならば『結果』となる」と読めばいい。
- 60:要求とアーキテクチャ
- 61:要求と保守・運用
- 62:オープンソースソフトウェアと要求
- 63:要求工学のオープンな演習の試み
- 64:Web2.0と要求管理
- 65:ソフト製品開発の要求コミュニケーション
- 66:フィードバック型V字モデル
- 67:日本の要求定義の現状と要求工学への期待
- 68:活動理論と要求
- 69:ビジネスゴールと要求
- 緊急:今、なぜ第三者検証が必要か
- 71:BABOK2.0の知識構成
- 72:比較要求モデル論
- 73:第18回要求工学国際会議
- 74:クラウド時代の要求
- 75:運用要求定義
- 76:非機能要求とアーキテクチャ
- 77:バランス・スコアカードの本質
- 78:ゴール指向で考える競争戦略ストーリー
- 79:要求変化
- 80:物語指向要求記述
- 81:要求テンプレート
- 82:移行要求
- 83:要求抽出コミュニケーション
- 84:要求の構造化
- 85:アーキテクチャ設計のための要求定義
- 86:BABOKとREBOK
- 87:要求文の曖昧さの摘出法
- 88:システムとソフトウェアの保証ケースの動向
- 89:保証ケースのためのリスク分析手法
- 90:サービス保証ケース手法
- 91:保証ケースのレビュ手法
- 92:要求工学手法の再利用
- 93:SysML要求図をGSNと比較する
- 94:保証ケース作成上の落とし穴
- 95:ISO 26262に基づく安全性ケースの適用事例
- 96:大規模複雑なITシステムの要求
- 97:要求の創造
- 98:アーキテクチャと要求
- 99:保証ケース議論分解パターン
- 100:保証ケースの議論分解パターン[応用編]
- 101:要求発展型開発プロセスの事例
- 102:参照モデルに対する保証ケース
- 103:参SEMATの概要
- 104:参SEMATの活用
- 105:SEMATと保証ケース
- 106:Assure 2013の概要
- 107:要求の完全性
- 108:要求に基づくテストの十分性
- 109:システムの安全検証知識体系
- 110:機能要求の分類
- 111:IREB
- 112:IREB要求の抽出・確認・管理
- 113:IREB要求の文書化
- 114:安全要求の分析
- 115:Archimate 2.0のゴール指向要求
- 116:ゴール指向要求モデルの保証手法
- 117:要求テンプレートに基づく要求の作成手法
- 118:ビジネスゴールのテンプレート
- 119:持続可能性要求
- 120:操作性要求
- 121:安全性証跡の追跡性
- 122:要求仕様の保証性
- 123:システミグラムとドメインクラス図
- 124:機能的操作特性
- 125:セキュリティ要求管理
- 126:ソフトウェアプロダクトライン要求
- 127:システミグラムと安全分析
- 128:ITモダナイゼーションとITイノベーションにおける要求合意
- 129:ビジネスモデルに基づく要求
- 130:ビジネスゴール構造化記法
- 131:保証ケース導入上の課題
- 132:要求のまとめ方
- 133:要求整理学
- 134:要求分析手法の適切性
- 135:CROS法の適用例
- 136:保証ケース作成支援ツールの概要