はじめに

データを暗号化したまま、実用的な速度で安全に集計・統計処理できる秘密計算システム 算師®について、医療や購買、公的統計などの事例を元に、その適用可能性を議論してきた。NTTでは、さらに幅広い領域での算師Rの利活用の可能性を探るべく、2018年8月から2019年3月にかけて、算師Rを広く一般に公開する試用提供を行った。

本稿では、試用提供の概要を紹介するとともに、算師®による新たな価値の創出としてデータ連携に寄せられる期待について述べる。

試用提供の概要

冒頭で述べた秘密計算の価値を体感していただくことを目的として、算師®の試用提供を行った。クラウド上に構築した試用環境を用いて、申込みをされた皆様に算師®の機能を実際に体験していただくというもので、気軽にお試しいただけるように代表的な分析シナリオと試用データをご用意した。また、さらなる試用を希望されるご利用者には、保有データを想定したダミーデータを登録し、個別の分析シナリオでの試用を可能とした。

代表的な分析シナリオには、1.同業他社との連携強化、2.異業種データの連携、3.演算機能の体験の3種類をご用意した(図1)。1.のシナリオは第2回でご紹介した同業の複数社データに基づく戦略策定の内容であるため、説明は割愛する。3.のシナリオは、算師Rの有する機能群を網羅的にお試しいただくためのシナリオである。2.の異業種データの連携とは、暗号化した状態の異なるデータ同士を、共通のキーとなる同一の値でマッチングし、暗号化したまま結合するというものである(図2)。これにより、分析者は異なる業種のデータを結合した後の統合データを対象として、業種によって異なる複数の属性に対する横断的なデータ分析を行うことが可能となる。

図1 試用提供における代表的な分析シナリオ
図2 異業種データの横断分析

本試用提供には、医療、金融、行政、小売業といった従来想定していた分野から、自動車販売、防災といった新たな領域まで、幅広い分野の企業や団体20社以上の申し込みがあった。また、さらなる試用では医療分野、金融分野でのダミーデータを実際に登録し、簡易な分析を実施していただいた。

試用提供は既に終了したが、引き続き試用の継続、導入の検討を希望されるご利用者も多く、個別にご相談しながら導入に向けた取り組みを進めているところである。

算師®によるデータ利活用への期待

適用実験や実証実験で得られた知見、試用提供で寄せられたご要望やご意見から、秘密計算に期待されるデータ利活用として大きく3通りの活用法があることが見えてきた。以下では、算師Rによる新たな価値の創出として、データ連携に寄せられる期待を紹介する。

(1)保有データの安全な外部活用

各企業や団体が保有しているデータを第三者に提供あるいは公開し、有効に活用したいという要望は、データ保有者とデータ分析者の双方に強い。しかしながら、保有データそのものを公開することが難しい場合が多く、秘密計算による安全な外部活用が期待されている。

データ利活用の際の安全管理措置として秘密計算を活用するという考え方で、保有データそのものは分析者に見せないが、分析者が分析の結果だけを取得できるので、データを提供あるいは公開することなく、組織を越えた安全な利活用が可能となる。第2回で紹介した公的統計調査データの利活用などはまさにこれにあたり、幅広い分野での調査研究や教育などへの活用が期待される。

利活用が期待されるデータには、国や公共団体等の行政機関が保有するものだけでなく、民間の企業データもあり得る。秘密計算の認知度が高まることで、データを保有する事業者を中心として、データそのものを見せることなく分析サービスを提供するビジネスが広がるものと考えられる。

(2)同業他社間でのデータ共有と利活用

複数の同業他社が詳細度の高いデータを持ち寄ることで、全体的なデータの量が増え、分析者にとって信頼性の高い高精度な分析が可能となる。また、各事業者の持つデータの統計的な違いを比較することで、全体的な傾向だけでなく、各社の傾向の違いが見えてくることもある。

競合関係にあるデータ保有者同士がデータを共有することは難しいが、秘密計算を使うことで保有データを開示することなく分析結果を共有できるので、各社のデータ共有に対する障壁を低減し、付加価値の高い統合分析の実現が期待できる。

こうしたデータ利活用の広がりには、複数事業者を束ねる取りまとめ役の存在がかかせない。自治体などの行政機関や業界団体などの後押しを得て、一度業界としてのデータ利活用の枠組みができれば、各社が参加することのメリットは大きく、活用が広がるものと考えられる。

(3)異業種データ連携による新たな利活用

秘密計算の新たな活用法として、暗号化したままのデータ同士を結合し、横断的な分析を可能とする異業種データ連携の可能性が出てきた。異業種データ連携はデータとして利用可能な情報の種類が増えるので、これまで単体のデータ保有者だけでは得られなかった、新たな発見や付加価値をもたらす可能性が高い。

例えば製造業のデータと販売業のデータの連携によるサプライチェーンマネジメント、金融業のデータと小売業のデータを組み合わせた与信スコアの算出など、異業種データの利活用への期待は大きい。

こうした異業種データの連携による利活用には、保有データをマッチングする仕組みが必要となる。暗号化したままデータの分析が可能な秘密計算をデータ流通と分析のプラットフォームとして用いる、仲介ビジネスの発展が考えられる。

おわりに

本稿では、秘密計算システム 算師®の試用提供の概要を紹介し、これまで得られた知見に基づいた秘密計算によるデータ利活用への期待について解説した。3回に渡るレポートで、算師®の利活用に興味を持たれた方は、ご連絡をいただけると幸いである。

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