1. 加速するAI for Everyone
技術革新統括本部 技術開発本部
Technology Strategist 遠藤 宏
第3次AIブームの中、驚異的な速さでAIの進化が続いている。AIが様々な社会の変革をもたらすと言われているが、弊社が属するソフトウェア産業にどのようなインパクトを与えるのか? ビジネス現場の視点から考えてみたい。
米国大手IT企業によるAIスタートアップの買収
スタートアップのデータベース化と調査・コンサルティング事業をしている米国カリフォルニア州サンフランシスコのVenture Scanner社はスタートアップに関する情報を提供している。
米国の大手IT企業は、AIの競争力確保のために2010年頃からAIスタートアップの買収に動いた。その動きは2016年から一層盛んになり、2017年は米欧を中心に100を超える買収・被買収が成立した。
2018年もその基調は変わらず、有力AIスタートアップの獲得戦が展開されている(図1)。
旺盛なAI技術者ニーズ
求人情報検索サイトIndeedには、米国大手IT企業からAI技術者の採用を意図した求人が多数掲載されている。
具体的な強み・経験として、コンピュータサイエンス、機械学習、データ分析、コンピュータビジョン、自然言語処理、数理統計、信号処理などのスキルが求められている。学位はM.S.(Master of Science)もしくはPh.Dなどで、経験を積んだハイレベルなAI技術者が引く手あまたの状況が継続している。
勤務場所はカリフォルニア州800人、ワシントン州 400人、ニューヨーク州250人、マサチューセッツ州190人、ペンシルべニア州90人、イリノイ州70人、テキサス州70人(2018年8月30日時点のIndeed検索結果を集計した概数)など、大手IT企業の主要開発拠点が並んでいる。
雇用タイプはフルタイムが93%と圧倒的に多いが、契約社員、インターンシップ、パートタイムなどの求人も少数ではあるが存在する。
前述したAIスタートアップ獲得戦と併せて、AI技術者獲得戦が続いている。
Partnership on AI
2016年9月、米国大手IT企業6社(Amazon, Facebook, Google, DeepMind, Microsoft及び IBM)がPartnership on AIを設立した。Partnership on AIはAIの普及を目指す非営利組織で、AI技術の啓蒙と課題解決に共同で取り組み、社会に貢献することを目標に揚げている。
2017年1月にAppleが参加、同年5月には22組織の新規加入があった。22組織の内訳は8営利組織と14非営利組織ということで、Partnership on AIが非営利組織として進んでいくことを数字でも示した形となった。
直近では2018年8月に18組織の新規加入があり、パートナー数は70超まで拡大している。
AI for Everyone(AIの民主化)
米国ではAIの民主化を標榜する大手IT企業、スタートアップが出現している。
米国大手IT企業は各社のカンファレンスでAI for Everyoneについて多くの情報提供をしているので割愛するが、自社が提供するクラウドプラットフォームにAIを埋め込んで、クラウド利用者が手軽にAIを使えるようにする競争戦略が実行されているように思える。
ハイレベル技術者によるAIのアルゴリズム開発とともに、これらを利用する環境も育ちつつある。Opensource.comが2017年にPython, Ruby, JavaScript, Go, CなどをDevOps向きのトップ5プログラミング言語だと伝えている。
AIの開発現場はプログラミング言語、ツール、開発環境など、DevOpsの世界である。では、これらを使う側も同じようなやり方が必要かと言うと必ずしもそうではない。
例えば、
①世界で最も多く(約80%)のプログラマーが熟達しているプログラミング言語がJavaなので、JavaプログラマーがAIソフトの開発をできるようにするOSS ディープラーニングライブラリを提供する
②プログラミング不要、ウェブブラウザだけで機械学習を試すこともできるツールを提供する
③社内に機械学習に通じたデータサイエンティストがいなくてもAIを導入できるようにする
などを売りにしているスタートアップが米国カリフォルニア州にいくつか出現している。
いずれにしてもAIが一般のプログラマーにとって手の届くところまで近づいてきたことは間違いない。
欧州、アジアのAI for Everyone
欧州では2018年6月に欧州委員会がデジタル・チャレンジ・プログラムと予算規模を発表した。その一環としてAIの専門家を指名し、European AI Allianceというグループを設置した。「AI to succeed and work for everyone」 という表現で始動している。
インドのNASSCOMは、加盟メンバー2200以上を抱えるインドにおけるIT BPM(Business Process Management)業界最大の非営利団体である。2018年8月にAI for Everyoneのイベントを開催し、AIの日常生活への関与と世界を変えることについて議論した。
シンガポールでは、AIとデジタル・エコノミー強化のために設立された国家プログラムAI Singaporeがある。2018年8月にAI for Everyone(AI4E)及びAI for Industry(AI4I)のプログラムが発表され、ワークショップが開催されている。
世界各地でAIの普及・浸透のための施策が動き出している。
AIエコシステムへの参画
筆者は2017年にスタンフォード大学で開催された環太平洋大学協会(APRU)のデジタル・エコノミーに関するワークショップに参加する機会があった。Partnership on AI参加企業からAIチームのスターが来ていたので、「米国大手IT企業がAIスタートアップ企業を多数買収し、コンピュータサイエンスに長けた技術者を大量採用しているので、AI技術者の寡占が進み、その外の企業は戦々恐々としている。最近はAI for Everyoneの動きもあるので、私どものようなソフトウェア企業がAIを活用して良い社会を創れる取組みにしてほしい」と質問した。回答は「サードパーティがAIアプリケーションを開発できるオープンプラットフォームとAPIを提供している」だった。
厳しい競争環境の中、私どももAIの提供者・利用者が共にメリットを享受できるエコシステムを創ることに少しでも貢献できれば良いな、と考えている。
<お問い合わせ先>
endouhr@nttdata.co.jp