5. 社会課題抽出へのAI適用
技術革新統括本部 技術開発本部
Technology Strategist 遠藤 宏
持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)は2030年に向けて多くの事業機会を生むと想定され、ソフトウェア産業もこの動きを戦略策定と実行に繋げていく必要がある。今回のレポートでは社会課題の抽出や対策評価にAIを組み込んでいる事例を紹介する。
市民中心の意思決定
スペインのカタルーニャ州では、「より多くの人が参加する包括的な社会を構築する」というコミットメントに基づいて、重要性に応じて資源配分する新しい方式を試行している。
バルセロナに本社があるCitibeats社は独自のAIを活用したテキスト分析プラットフォームを使って、SNS等から市民の声を取り入れ、いかに活動に巻き込んでいくかという難題に取り組んでいる。
カタルーニャ州政府とCitibeats社は公共政策の影響分析の新たな取り組みとして、SmartCatalonia戦略(「欧州2020」のプログラムに沿ったスマート地域戦略)のパイロットプロジェクトであるSTEMCat(若者の科学技術スキル向上による雇用促進計画)影響分析にCitibeats社の機械学習アルゴリズムを適用した。1カ月半の間、女子向け理数教育の振興について話された約12,000のツイートを収集・分析することにより保護者の意識を把握し、よりニーズに即した施策選定を行い、施策への参加率が上がったという結果につながった。
Citizens as a Sensor
Citibeats社はバルセロナでモビリティに関する人々の意見を理解する分析も行っている。バルセロナでの移動に関する懸念事項の上位3項目、列車の運賃、タクシー対Cabify(配車アプリ)など、代表的な移動手段に対する市民感情などが明らかになった。
IoTプラットフォームは大気汚染レベル、交通量、駐車スペースなどのデータを提供し何が問題になっているかを私たちに伝えてくれるが、Citibeats社の取り組みは、何故その問題が起こったのか、市民にとって何を意味するのかなどを教えてくれる“Citizens as a Sensor”である。
Citibeats社のAIプラットフォーム
同社のAIプラットフォームは「環境」、「文化」、「コミュニティ」などに関するデータで「半教師あり機械学習」をしている。まずは「教師あり学習」で特徴量を学ばせ、以降は「教師なし学習」で学ばせて自動的に特徴量を算出しながら繰り返し学習している。
①データ収集(Collect)
公共データや都市データソース(ソーシャルメディア、ニュース、ヘルプラインの転写物等)からテキスト収集する。
②カテゴライズ(Categorize)
コンテキストやイニシアチブに関連する情報を構造化するカスタムカテゴリを作成する。
③要約(Synthesize)
主要な会話クラスタの最も代表的な要約を特定する(図1)。
持続可能な開発目標(SDGs)
2015年の国連サミットで193カ国の合意のもと「持続可能な開発目標(SDGs)」が全会一致で採択された。
Business & Sustainable Development Commissionから出されている「Better Business, Better World report」によれば、2030年にSDGsの目標を達成すれば、①食料・農業、②都市、③エネルギー・材料、④健康・福祉などの分野において、市場機会は12兆米ドル/年の規模に達する可能性がある。
Citibeats社ではSDGsに対して世界各地の市民がどう思っているか分析するダッシュボードを持っている。
・どのテーマに関心を持っているのか
・時間の経過で関心が変わったか
・ポジティブorネガティブな感情
・都市別の意識の違い
などを見ることができる(図2)。
SDGsの対策に関する効果測定
SDGsは17の大きな目標と169のターゲットから始まったが、詳細版で230の指標が策定されている。
この230の指標は、①概念が明確で、国際機関等が基準設定し、定期的に発表しているもの(Tier1)、②概念が明確で、国際機関等の基準設定があるものの定期的な発表に至っていないもの(Tier2)、③基準設定もされていないもの(Tier3)の3つのレベル分けがされている。
Citibeats社は、指標として未確立のTier3向けの測定をするのに同社のフレームワークを利用可能であると考えている。例えば「自分の町は住みやすい」と感じているかどうかなど、住民の体感、感情等を把握することができると考えている。
同社の分析はSDGsに関する市民からのコメントを見つけることから始まる。ほとんどの市民はSDGsを認識していないので、Citibeats社は「ホームレス」、「住宅」、「大気汚染」などの単語が含まれる数十万件のコメントを収集する。そして毎月これらのトピックについて、市民が最も懸念しているのは何かを把握する。そして各課題の優先順位を都市間比較し、時間経過でどう変化したかなどを分析する。
Citibeats社では、スペイン外務省及びヨーロッパ委員会と連携し、スペイン、ポルトガル、中南米の22カ国の主要都市のSDGs比較観測を行うことになった。市民が“SDGs”そのものを語らなくても、どのゴールにどのような関心があるかを把握し、優先すべき重要課題の抽出に繋げていこうとしている。
SDGsのTier3指標は個人の主観性が強いものもあり測定が困難なものもある。Citibeats社のテキスト分析はこういう場合の解になるかもしれない。
社会課題(SDGs等)を事業に繋げる可能性
Citibeats社はNTTデータ主催「第5回豊洲の港からRpresentsグローバルオープンイノベーションコンテスト」で最優秀賞を獲得した。これを機にNTTデータのTwitterデータや言語解析技術と組み合わせ「AIを活用した地域理解ソリューション」を共同開発し、消費者リスクの早期発見やインバウンドに向けた課題抽出などを目的に、官公庁等での活用が始まっている。
また、NTTデータと一般社団法人Japan Innovation Networkとの連携で進めている「SDGsグローバルスタートアッププログラム」でも協業を始めている[1]。
こうした取り組みが社会課題(SDGs等)に絡む新たなビジネスに資することを期待したい。
[1] 本誌2018年10月号「先進企業のデジタル変革をサポートするNTTデータライフデジタル事業部の取り組み」に掲載。
NTTデータのニュースリリースでも発表済。
<お問い合わせ先>
endouhr@nttdata.co.jp