(前NTTデータ フェロー システム科学研究所長)山本 修一郎
今回は、ClementsとBassによるビジネスゴールの一般分類と、ゴールテンプレートを紹介する。このゴールテンプレートは、アーキテクチャ設計のための品質特性をビジネスゴールに基づいて抽出する手法[1][2]のために考案されたものである。そこで、はじめにビジネスゴールがアーキテクチャ設計とどのように関連するかを説明する。次に、ビジネスゴールの一般分類と、ビジネスゴールを具体的に記述する方法であるゴールテンプレートを紹介する。なお本稿では、この手法を説明するために、仮想的なビジネス事例として「電力情報流通事業を支える情報システム」を用いている。
背景
品質特性要求がアーキテクチャ設計に影響することは理解されている。しかし、ビジネスゴールについてはアーキテクチャ設計との直接的な関係が十分理解されていなかった。このため、アーキテクチャ設計に影響する品質特性に関連するビジネスゴールを系統的に獲得する手法PALMをSEIのClementsとBassが提案している。
PALM-Pedigreed Attribute eLicitation Method
PALMはSEIが開発した、モジュール性、安全性、変更容易性などのアーキテクチャ上重要となる要求を、ビジネスゴールに基づいて系統的に抽出する方法である。PALMの特徴は次のとおりである。
(1)標準的なビジネスゴールを10個のカテゴリに整理している。
(2)ビジネスゴールを表現するためのビジネスゴールシナリオ構文を定義している。
(3)ビジネスゴールシナリオには7個の構成要素(ソース、主体、対象、環境、ゴール、尺度、価値)がある。
(4)ビジネスゴールから品質特性を抽出する手順を提案している。
なお、Pedigreeには、家系、血統、経歴などの意味がある。したがって、Pedigreed Attribute eLicitation Methodとは、血統(由来)の明らかな特性を抽出するための方法、つまり、ゴールのはっきりした特性を抽出する手法ということになると思われる。
本稿では、この手法を説明するために、次のような事例を考える。
電力情報流通事業を支える情報システムの事例
「電力情報流通事業を支える情報システム」を次のように定義しよう。
【定義】
電力情報流通を電力事業者と顧客に提供することにより、安定供給と公平性が要求される電力供給を容易化する情報システムが電力情報流通システムである。
電力情報流通システム(PISS, Power Information Sharing System)は、電力情報流通ビジネスを支援するために開発・運用される。
PISSは、発電事業者、送配電事業者、小売り事業者、需要家の間で電力情報を流通するためのサービスをPISS インタフェース(I/F)を介して提供する(図1)。
PISSを実現するためには、電力情報流通ビジネスのビジネスゴールを分析する必要がある。
なお、PISSはPALMを説明するために筆者が想像した架空の情報システム事例である。
図1 電力情報流通システムの例(クリックで拡大)
ビジネスゴール分類
ステークホルダと合意するために、ビジネスゴールを構造化する。このため、ビジネスに関する文献を網羅的に調査することに基づいて、表1に示す10個のカテゴリをClementsとBassが提案している。なお、表1では「電力情報流通事業」に対するビジネスゴールを例として紹介している。
表1 ビジネスゴール分類(クリックで拡大)
PALM手順
ビジネスゴールを根拠とする品質特性を抽出するために、PALMでは以下の手順が提案されている。
以下では、ビジネスゴール抽出手順について説明する。
表2 走行状況取得機能の要求テンプレート(クリックで拡大)
ビジネスゴール抽出手順
[手順1]ビジネスゴールが扱うステークホルダの範囲を識別する。
[手順2]ビジネスゴール10分類に従って、ビジネスゴール構文を用いて、対象システムのビジネスゴールシナリオを記述する。
[手順3]識別されたビジネスゴールごとに、技術、社会、法制度、競争、顧客、財務の影響下でどのように変化するかを検討する。
[手順4]ビジネスゴールごとに、次の情報を明確化していることを確認する。
誰が(who):ビジネス対象あるいはビジネスによって影響されるステークホルダ
何を(what):ステークホルダに対する提供物、便益、否定的な影響
いつ(when):ステークホルダに提供する契機
どこで(where):便益や影響が発生する場所
なぜ(why):ステークホルダに便益が提供される根拠
どのように(how):提供物が提供され消費される方法
どれだけを(how much):提供物の価格と必要経費
続きは本誌でご覧頂けます。→本誌を購入する
ご購入のお申込みは電話(03-3507-0560)でも承っております。
- 60:要求とアーキテクチャ
- 61:要求と保守・運用
- 62:オープンソースソフトウェアと要求
- 63:要求工学のオープンな演習の試み
- 64:Web2.0と要求管理
- 65:ソフト製品開発の要求コミュニケーション
- 66:フィードバック型V字モデル
- 67:日本の要求定義の現状と要求工学への期待
- 68:活動理論と要求
- 69:ビジネスゴールと要求
- 緊急:今、なぜ第三者検証が必要か
- 71:BABOK2.0の知識構成
- 72:比較要求モデル論
- 73:第18回要求工学国際会議
- 74:クラウド時代の要求
- 75:運用要求定義
- 76:非機能要求とアーキテクチャ
- 77:バランス・スコアカードの本質
- 78:ゴール指向で考える競争戦略ストーリー
- 79:要求変化
- 80:物語指向要求記述
- 81:要求テンプレート
- 82:移行要求
- 83:要求抽出コミュニケーション
- 84:要求の構造化
- 85:アーキテクチャ設計のための要求定義
- 86:BABOKとREBOK
- 87:要求文の曖昧さの摘出法
- 88:システムとソフトウェアの保証ケースの動向
- 89:保証ケースのためのリスク分析手法
- 90:サービス保証ケース手法
- 91:保証ケースのレビュ手法
- 92:要求工学手法の再利用
- 93:SysML要求図をGSNと比較する
- 94:保証ケース作成上の落とし穴
- 95:ISO 26262に基づく安全性ケースの適用事例
- 96:大規模複雑なITシステムの要求
- 97:要求の創造
- 98:アーキテクチャと要求
- 99:保証ケース議論分解パターン
- 100:保証ケースの議論分解パターン[応用編]
- 101:要求発展型開発プロセスの事例
- 102:参照モデルに対する保証ケース
- 103:参SEMATの概要
- 104:参SEMATの活用
- 105:SEMATと保証ケース
- 106:Assure 2013の概要
- 107:要求の完全性
- 108:要求に基づくテストの十分性
- 109:システムの安全検証知識体系
- 110:機能要求の分類
- 111:IREB
- 112:IREB要求の抽出・確認・管理
- 113:IREB要求の文書化
- 114:安全要求の分析
- 115:Archimate 2.0のゴール指向要求
- 116:ゴール指向要求モデルの保証手法
- 117:要求テンプレートに基づく要求の作成手法
- 118:ビジネスゴールのテンプレート
- 119:持続可能性要求
- 120:操作性要求
- 121:安全性証跡の追跡性
- 122:要求仕様の保証性
- 123:システミグラムとドメインクラス図
- 124:機能的操作特性
- 125:セキュリティ要求管理
- 126:ソフトウェアプロダクトライン要求
- 127:システミグラムと安全分析
- 128:ITモダナイゼーションとITイノベーションにおける要求合意
- 129:ビジネスモデルに基づく要求
- 130:ビジネスゴール構造化記法
- 131:保証ケース導入上の課題
- 132:要求のまとめ方
- 133:要求整理学
- 134:要求分析手法の適切性
- 135:CROS法の適用例
- 136:保証ケース作成支援ツールの概要