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第67回 日本の要求定義の現状と要求工学への期待 国立大学法人 名古屋大学 情報連携統括本部 情報戦略室 教授 山本修一郎

国立大学法人 名古屋大学 情報連携統括本部 情報戦略室 教授
(前NTTデータ フェロー システム科学研究所長)山本 修一郎

わが国のソフトウェア開発の現場で、どのような要求技法がどれくらい使われているかについての実態はあまり調べられていないようである。そこで今回は、本連載第49回でも紹介した2008年9月25日に豊洲センタービルで開催された、要求工学についての特別セミナー『ソフトウェア社会を描く』で実施したアンケート結果を分析して、参加者から見たわが国における要求定義の問題状況と、要求技法への期待を紹介することにしたい。

アンケートの概要

今回の調査に関連するアンケートの質問項目は以下のようである。

受講者の属性

年齢、役職、職種、業種

要求定義内容

【どのような要求を文書化しているか】

  • ①機能要求
  • ②業務フロー
  • ③データ(データ構造、データ項目、用語、概念)
  • ④画面(画面遷移、画面レイアウト)
  • ⑤配置や構成(ハード、ネットワーク、ソフト)
  • ⑥システムの目的(ビジネスゴール、達成目標、コンセプト)
  • ⑦性能・信頼性、保守性・移植性、使用性などのシステム特性
  • ⑧技術的な制約(運用環境、適合が必要な標準・法律、など)
  • ⑨業務ルール
  • ⑩外部インタフェース

【どの要求活動の段階に問題があるか】

  • ①要求の獲得や抽出
  • ②要求の記述
  • ③要求の検証や分析
  • ④要求の管理や追跡
  • ⑤要求の交渉や調整

【どのような問題状況か】

  • ①要求が変わりすぎる
  • ②要求が多すぎる
  • ③要求の誤りや抜けがある
  • ④何を要求しているのか不明瞭
  • ⑤要求を扱う手段がない/十分でない

【何を定義しているときに問題があるか】

  • ①機能要求
  • ②業務フロー
  • ③データ(データ構造、データ項目、用語、概念)
  • ④画面(画面遷移、画面レイアウト)
  • ⑤配置や構成(ハード、ネットワーク、ソフト)
  • ⑥システムの目的(ビジネスゴール、達成目標、コンセプト)
  • ⑦性能・信頼性、保守性・移植性、使用性などのシステム特性
  • ⑧技術的な制約(運用環境、適合が必要な標準・法律、など)
  • ⑨業務ルール
  • ⑩外部インタフェース

ここで、要求定義内容と、要求定義の問題が発生する箇所は同じ項目を質問している。この理由は、要求定義文書には、問題が多く発生するものと、そうでないものがあるという仮説をアンケートで検証するためである。

【要求技法にどんなことを期待するか】

  • ①新手法や新技術(例:獲得手順、表記法など)
  • ②標準プロセス、役割分担
  • ③標準仕様、項目リストや例
  • ④現存する手法や技術の実証結果
  • ⑤ツールや手法・技術の紹介
  • ⑥事例やベストプラクティスの紹介
  • ⑦現存する手法/技術/ツールの整理統合

回答者の概要

回答数は86である。以下ではまず、回答者の職種、役職、業種について紹介する。

職種

回答者の職種の内訳を表1に示した。システム企画開発が34%と最も多く、次いで経営・企画が21%、研究・技術開発が16%、教育・人材育成9%、品質・リスク管理7%、システム運用・管理6%、営業・販売5%、総務・人事3%、その他7%となった。

表1 アンケート回答者の職種
表1 アンケート回答者の職種

なお、以下では、分析を容易化するために職種を事業軸と開発軸で4つにグルーピングして、

  • ①事業・非開発として、経営・企画と営業・販売を経営・営業
  • ②事業・開発として、企画開発とシステム運用・管理を開発・運用
  • ③非事業・開発として、研究・技術開発と品質・リスク管理を研究・開発
  • ④非事業・非開発として、上記以外を育成・総務

とした。

役職

回答者の役職の内訳を図1に示した。管理者層が47%と最も多く、次いで一般・専門職層が31%、経営層が13%、その他7%だった。

図1 アンケート回答者の役職
図1 アンケート回答者の役職

業種

回答者の業種では、システムインテグレーションが48%で参加者の約半数でもっとも多い。次いでその他16%、ソフトウェア製品製造8%、学校・研究所6%、ハードウェア製造5%などであった。その他の中には、コンサルタントなどが含まれていたが、詳細は未記入が多く不明である。

要求定義文書と問題発生状況

アンケート結果に基づいて、要求定義文書の選択率と要求定義における問題が発生する文書の関係を図2に示した。

図2 要求定義文書と問題発生状況
図2 要求定義文書と問題発生状況

この結果から、以下のことが分かる。

  • 記述量と問題発生量がともに多い要求文書は、機能要求と業務フローである。
  • 記述量は多いが問題発生量は少ない要求文書は、データと画面・帳票である。
  • 記述量は少ないが問題発生量が多い要求文書は、システムの目的、システム特性、業務ルールである。
  • 記述量と問題発生量がともに少ない要求文書は、配置・構成、技術制約、外部インタフェースである。

ただし、この分析には、要求定義文書選択率で約40%、問題発生箇所選択率で約15%を問題発生の大小判定境界にしているという前提があることを注意しておく。

要求定義段階と問題状況

要求定義段階ごとに、問題があると回答した割合は、要求獲得50%、要求記述30%、要求検証49%、要求管理31%、要求交渉34%となった。したがって、要求獲得段階と要求検証段階に問題を抱えている現状が明らかになった。

これに対して要求定義の問題状況は、要求が変わりすぎる26%、要求が多すぎる12%、要求に誤りや抜けがある51%、何を要求しているか不明瞭52%、要求を扱う手段が十分でない17%となった。したがって要求定義の状況としては要求の誤りや抜けと、要求の不明瞭さという状況が明らかになった。この2つの結果を照らし合わせると、要求をきちんと獲得できないために、要求の検証ができないという悪循環が要求定義の現場で発生していると思われる。

表2 要求で困っている段階と問題状況の関係
表2 要求で困っている段階と問題状況の関係

そこで要求定義の問題状況ごとに、どの要求定義段階で問題が発生しているのかを分析してみると、表2のようになった。たとえば、要求が変わりすぎると回答した参加者が要求獲得段階で問題が発生していると回答した比率は63.6%になった。この表から、以下のような要求定義の現状認識が参加者にあることが分かる。

  • 要求が変わりすぎると、要求獲得、要求検証、要求交渉で問題が多くなる。
  • 要求が多すぎると、要求獲得、要求検証、要求交渉で問題が多くなる。
  • 要求に誤りや抜けがあると、要求獲得、要求検証で問題が多くなる。
  • 何を要求しているか不明瞭だと、要求獲得、要求検証で問題が多くなる。
  • 要求を扱う手段が十分でないと、要求獲得、要求記述、要求検証、要求交渉で問題が多くなる。

要求技法への期待

要求工学は、前述した要求定義の問題に対する手段として期待されている。アンケートの回答率をみると、要求技法に対して以下のような期待があることが明らかになった。

  • ①新手法や新技術(例:獲得手順、表記法など)33%
  • ②標準プロセス、役割分担44%
  • ③標準仕様、項目リストや例20%
  • ④現存する手法や技術の実証結果28%
  • ⑤ツールや手法・技術の紹介29%
  • ⑥事例やベストプラクティスの紹介33%
  • ⑦現存する手法/技術/ツールの整理統合20%

回答者全体でみると、標準プロセスへの期待が最も大きいことが分かるが、それでも半数には達せず44%の期待しかなかった。この理由は、役職や職種によって問題認識に差があり、問題を認識している回答者とそうでない回答者を分けることで、期待に差があるためであると考えられる。

そこで以下では、まず要求技法に対してどのような期待がもたれているかを、役職や職種の観点から分析してみよう。

役職と職種から見た要求技法への期待

役職ごとに、要求技法にどのような期待があるかを表3に示すと以下のようになった。

表3 役職から見た要求技法への期待
表3 役職から見た要求技法への期待

経営層では、ツールや手法・技術の紹介への期待が高い。

管理者層では、標準プロセス、役割分担への期待が最も高く、次いで事例やベストプラクティスの紹介、新手法や新技術への期待が続く。

一般・専門職層では、標準プロセス、役割分担への期待が最も高く、次いで、新手法や新技術への期待が続く。

この結果は、経営層から見ると要求の問題解決に具体的に役立つ技法への期待が高いことが分かる。また管理者層から見ると標準プロセスの確立への期待が高いことが分かる。役職に応じた要求技法が必要になることが分かるだろう。

次に、職種ごとに、要求技法にどのような期待があるかを表4に示す。

表4 職種から見た要求技法への期待
表4 職種から見た要求技法への期待

経企・営業では、新手法や新技術と並んで標準プロセス、役割分担への期待が高い。

開発・運用では、要求技法への期待が高くない。

研究・開発では、ツールや手法・技術の紹介、次いで標準プロセス、役割分担への期待が高い。

育成・総務では、50%を超える期待はないが、新手法や新技術、標準プロセス、役割分担、現存する手法や技術の実証結果、事例やベストプラクティスの紹介など幅広い話題への期待があることが分かる。

開発・運用で要求技法への期待が低かったことは、担当業務が要求工程の次工程になることに原因があるかもしれない。

それでは次に、要求定義段階、要求の問題状況、要求定義対象ごとに、要求技法への期待がどのようになっているかを紹介しよう。

要求定義段階から見た要求技法への期待

表5 定義段階から見た要求技法への期待
表5 定義段階から見た要求技法への期待

表5に示したように、要求定義段階から見た要求技法への期待は以下のようになる。

要求獲得段階に問題があると回答した参加者は、標準プロセス、役割分への期待が76%、現存する手法や技術の実証結果ならびに事例やベストプラクティスの紹介への期待が68%、新手法や新技術への期待が64%となった。

要求記述に問題があると回答した参加者は、現存する手法/技術/ツールの整理統合以外の全項目に対して高い期待を示した。

要求検証に問題があると回答した参加者は、標準プロセス、役割分担、ツールや手法・技術の紹介、新手法や新技術への期待がそれぞれ、79%、61%、57%となった。

要求管理に問題があると回答した参加者は、標準プロセス、役割分担ならびに事例やベストプラクティスへの期待がそれぞれ、85%、75%となった。

要求交渉に問題があると回答した参加者は、標準プロセス、役割分担への期待が52%となった。

ここで特徴的なのは、要求記述に問題があると回答した人が、ほとんどの技法に対して高い期待を示したことである。要求管理が問題だと回答した人は31%で、要求記述が問題だと回答した人が30%だったので、ほぼ同じ比率だが技法への期待の範囲に差が出た結果となった。この理由は記述が要求定義全体に関係するのに対して、要求管理は作業範囲が要求記述に較べると狭いと考えられるからかもしれない。

要求問題状況から見た要求技法への期待

表6 問題状況から見た要求技法への期待
表6 問題状況から見た要求技法への期待
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表6に示したように、問題状況から見た要求技法への期待は以下のようになる。

要求が変わりすぎると回答した参加者の50%が標準プロセス、役割分担ならびに事例やベストプラクティスの紹介に期待している。

要求が多すぎると回答した参加者は、新手法や新技術ならびに、事例やベストプラクティスの紹介に、それぞれ60%、50%が期待している。

要求に誤りや抜けがあると回答した参加者の52%が標準プロセス、役割分担に期待している。

何を要求しているか不明瞭と回答した参加者の50%以上が期待する技法はなかった。

要求を扱う手段が十分でないと回答した参加者は、事例やベストプラクティスの紹介ならびに現存する手法や技術の実証結果に、それぞれ60%と53%が期待している。

この結果から、要求定義の問題状況については、事例やベストプラクティスの紹介や標準プロセスと役割分担が期待されていることが分かる。

要求定義対象から見た要求技法への期待

表7 定義対象から見た要求技法への期待
表7 定義対象から見た要求技法への期待
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表7に示したように、要求定義文書の定義対象から見た要求技法への期待は以下のようになる。

機能要求と画面については、50%を上回る要求技法への期待はなかった。この理由は、この2つについては、すでに技術的に確立されているためであると考えられる。

業務フローについては、64%が標準プロセス、役割分担に期待している。また52%が事例やベストプラクティスの紹介に期待している。

データについては、67%が事例やベストプラクティスの紹介に期待している。また、現存する手法や技術の実証結果に50%が期待している。

配置や構成については、75%が新手法や新技術ならびにツールや手法の紹介を期待している。

システムの目的については、59%が標準プロセス、役割分担に期待している。

システム特性については、56%が標準プロセス、役割分担に期待している。

技術的な制約については、56%が事例やベストプラクティスの紹介に期待している。

業務ルールについては、64%が事例やベストプラクティスの紹介に期待している。また57%が標準プロセス、役割分担に期待している。

外部インタフェースについては、75%が事例やベストプラクティスの紹介に期待している。また57%が現存する手法/技術/ツールの整理統合に期待している。とくに技法の整理統合に50%以上の期待をしているのは外部インタフェースを定義している回答者だけであるから、外部インタフェースの統合が現場で問題になっていることが分かる結果である。

これらの結果から、事例やベストプラクティスの紹介が最も期待されていることが分かる。

まとめ

今回は、セミナー参加者によるアンケートの回答結果に基づいて、わが国における要求定義の置かれた問題状況と、要求技法への期待について、回答者の特性や問題認識との関係に基づいて詳しく分析した結果を紹介した。主な結果をまとめると、次のようである。

  • 記述量は少ないが問題発生量が多い要求文書は、システムの目的、システム特性、業務ルールである。
  • 要求定義の問題状況のすべてで要求獲得と要求検証の段階に問題がある。
  • 経営層では、ツールや手法・技術の紹介への期待が高い。
  • 管理者層では、標準プロセス、役割分担への期待が高い。
  • 経営企画職・営業職では、新手法や新技術と並んで標準プロセス、役割分担への期待が高い。
  • 研究・技術開発では、ツールや手法・技術の紹介、次いで標準プロセス、役割分担への期待が高い
  • 要求定義のすべての段階で、標準プロセス、役割分担への期待が50%を上回った。
  • 要求交渉以外の要求定義の段階で、事例やベストプラクティスの紹介への期待が50%を上回った。
  • 要求記述段階では、整理統合以外のすべての要求技法への高い期待がある。
  • 要求定義の問題状況については、事例やベストプラクティスの紹介や標準プロセスと役割分担が期待されている。
  • 機能要求と画面については要求技法への期待は小さい。
  • 要求定義対象については、全体的に事例やベストプラクティスの紹介や、標準プロセスと役割分担が期待されている。
  • 配置や構成についての新手法、新技術への期待が高い。
  • 外部インタフェースについて、現存する手法/技術/ツールの整理統合への期待がある。

今後も今回紹介したように、開発現場でどのような要求技法が使われており、どのような問題が発生しているか、どのような解決事例や新技法への期待があるかを継続して調査していくことが望まれる。

 

第59回以前は要求工学目次をご覧下さい。


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