(前NTTデータ フェロー システム科学研究所長)山本 修一郎
5月23日に開催されたインタープライズ研究会で「エンタープライズ・アーキテクチャの潮流と課題」について特別講演した[1]。そこで、アーキテクチャ記述言語であるArchiMate[2-3]を紹介したところ、「ArchiMateではビジネスモデルをどのように記述するのか」という質問をいただいた。ArchiMateはビジネス・アーキテクチャを記述できるだけでなく、ビジネスゴールと要求の関係を記述する動機拡張を提供している。ゴール木を用いたGQM(Goal-Question-Metric)を用いてビジネスゴールをソフトウェア要求に対応付けるビジネス戦略手法[4]を連載69回で紹介した。また、ビジネスモデルと要求に関連する話題については、拙著「システム要求管理技法」でも触れている[5]。
今回は、ArchiMateも含めビジネスモデルを表現できる様々な要求モデルについて解説して比較しよう。
ビジネスモデル
まず、ビジネスモデルの構成要素をまとめておこう。チェスブロウ[6]は、ビジネスモデルの構成要素として、提供価値、市場セグメント、価値連鎖構造、経費・利益構造、価値ネットワーク、競争戦略を挙げている(表1)。
表1 ビジネスモデルの構成要素例(クリックで拡大)
この記述から、ビジネスモデルを記述するために必要な要素を抽出すると、ユーザ、価値、目的、提供対象、流通構造、収益を確保する仕組み、資産、経費及び収益性の予測、供給者から顧客までのエコシステム、事業位置、競合企業、優位性を維持する戦略がある。このうち、流通構造、収益を確保する仕組み、供給者から顧客までのエコシステムを表現するにはビジネスプロセスを記述する必要がある。経費及び収益性の予測を表現するためには定量的な属性を記述して評価する必要がある。優位性を維持する戦略を策定するためには、競争相手がもたらす脅威の認識と、その脅威を解消する活動を定義する必要がある。
またクリステンセンらは、よいビジネスモデルの条件として、顧客価値の提供、利益方程式、鍵となる経営資源、鍵となるプロセスを挙げている[7]。顧客価値の提供では、価格、提供対象、支払方法、アクセス選択肢について定義する。利益方程式では、コスト構造、収益モデル、目標利益率、資源回転率について定義する。経営資源では、ブランド、人材、技術、パートナー、流通経路を定義する。鍵となるプロセスでは、研究開発、製造、人事、マーケティング、ITを定義する。
たとえば、提供対象としての商品やサービスに対して、価格があり、商品へのアクセス選択肢と支払方法を決める必要があることが分かる。ここでアクセス選択肢とは、オンラインかオフラインで販売するかなどを考えることができる。
チェスブロウは、競合企業に対する競争戦略をビジネスモデルの構成要素として考慮しているが、クリステンセンらのモデルでは競争戦略を明示的にはビジネスモデルの要素としていない点が異なる。ビジネスモデルと戦略は、違うことを認識する必要がある。リカートらは、ビジネスモデルと戦略の違いを次のように定義している[8]。
◆ビジネスモデル
ビジネスモデルは、選択と結果のシステムである。したがって、競争市場でどのようにオペレーションするか、ステークホルダに対してどのように価値創造や獲得を図るかという企業のロジックがビジネスモデルである。すなわち、ビジネスモデルを用いることにより、ビジネスの構成要素が全体として、どのように機能するかを一つの体系として説明することができる。
◆戦略
これに対して、不測の事態に対応できるシステムが戦略である。すなわち、独自の価値のあるポジションを築くための、競争相手とは一線を画す活動計画が戦略である。戦略を定義することにより、「競争」の現実に対処するために、競合相手に対してどうすれば優位に立てるかを説明することができる。
この定義からも、競争相手による新たなビジネス上の脅威を想定しておき、その脅威に対応するための活動計画によって、チェスブロウがビジネスモデルの条件として挙げた、競争戦略を定義できることが分かる。逆に言えば、競争相手が出現しないか、競争相手が進出しない場所でビジネスモデルを展開すればいいとも考えられる。このような例として、ウォルマートの戦略がある。スーパーマーケットというビジネスモデルを、大都市ではなく、車がなければ店にいけない郊外の田舎で展開したのである。この結果、ウォルマートには競争相手が出現せず、卓越した成功を独占することができた。既存のビジネスモデルであっても、優れたビジネス戦略によって成功できることを示した事例である。この場合、競争相手が出現しないことから、脅威対策の必要がなくなることになる。
主なビジネスモデリング手法
以下では、主なビジネスモデリング手法として、BPMN、DEMO、BSC、GQMビジネス戦略手法、i*フレームワーク、UMLビジネスモデリング、ArchiMateを紹介する。
◆BPMN
BPMN(Business Process Modeling Notation)は、ビジネスプロセスをモデル化するために、OMGで標準化された表記法である[9]。BPMNの基本要素は、フローオブジェクト、接続オブジェクト、スイムレーンと成果物である。フローオブジェクトでは、ビジネスプロセスのイベント、アクティビティ、ゲートウェイを記述する。接続オブジェクトでは、シーケンスフロー、メッセージフロー、関連を記述する。スイムレーンには、レーンと、複数のレーンを含むプールがある。成果物では、データオブジェクト、グループ、注釈を記述する。
◆DEMO
組織のためのビジネスモデル設計開発方法論(Design & Engineering Methodology for Organizations, DEMO)は、Winogradらによる言語行為展望論(Language Action Perspective, LAP)[10]に基づいている。
DEMOの基本要素は、主体の役割と活動である[11-12]。主体の役割を矩形で表現する。活動には、主体間の連携活動と、主体による生産活動がある。連携活動を円で、生産活動をひし形で表す。また、主体の役割を明確化して活動を表す場合には、円とひし形を矩形で囲んで表現する。さらに、主体間の一連の活動からなるトランザクションをまとめて表現する場合には、円とひし形を重ねた図形を用いる。
DEMOでは、注文工程(Order phase)、実施工程(Execution phase)、結果工程(Result phase)を区別している。
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- 60:要求とアーキテクチャ
- 61:要求と保守・運用
- 62:オープンソースソフトウェアと要求
- 63:要求工学のオープンな演習の試み
- 64:Web2.0と要求管理
- 65:ソフト製品開発の要求コミュニケーション
- 66:フィードバック型V字モデル
- 67:日本の要求定義の現状と要求工学への期待
- 68:活動理論と要求
- 69:ビジネスゴールと要求
- 緊急:今、なぜ第三者検証が必要か
- 71:BABOK2.0の知識構成
- 72:比較要求モデル論
- 73:第18回要求工学国際会議
- 74:クラウド時代の要求
- 75:運用要求定義
- 76:非機能要求とアーキテクチャ
- 77:バランス・スコアカードの本質
- 78:ゴール指向で考える競争戦略ストーリー
- 79:要求変化
- 80:物語指向要求記述
- 81:要求テンプレート
- 82:移行要求
- 83:要求抽出コミュニケーション
- 84:要求の構造化
- 85:アーキテクチャ設計のための要求定義
- 86:BABOKとREBOK
- 87:要求文の曖昧さの摘出法
- 88:システムとソフトウェアの保証ケースの動向
- 89:保証ケースのためのリスク分析手法
- 90:サービス保証ケース手法
- 91:保証ケースのレビュ手法
- 92:要求工学手法の再利用
- 93:SysML要求図をGSNと比較する
- 94:保証ケース作成上の落とし穴
- 95:ISO 26262に基づく安全性ケースの適用事例
- 96:大規模複雑なITシステムの要求
- 97:要求の創造
- 98:アーキテクチャと要求
- 99:保証ケース議論分解パターン
- 100:保証ケースの議論分解パターン[応用編]
- 101:要求発展型開発プロセスの事例
- 102:参照モデルに対する保証ケース
- 103:参SEMATの概要
- 104:参SEMATの活用
- 105:SEMATと保証ケース
- 106:Assure 2013の概要
- 107:要求の完全性
- 108:要求に基づくテストの十分性
- 109:システムの安全検証知識体系
- 110:機能要求の分類
- 111:IREB
- 112:IREB要求の抽出・確認・管理
- 113:IREB要求の文書化
- 114:安全要求の分析
- 115:Archimate 2.0のゴール指向要求
- 116:ゴール指向要求モデルの保証手法
- 117:要求テンプレートに基づく要求の作成手法
- 118:ビジネスゴールのテンプレート
- 119:持続可能性要求
- 120:操作性要求
- 121:安全性証跡の追跡性
- 122:要求仕様の保証性
- 123:システミグラムとドメインクラス図
- 124:機能的操作特性
- 125:セキュリティ要求管理
- 126:ソフトウェアプロダクトライン要求
- 127:システミグラムと安全分析
- 128:ITモダナイゼーションとITイノベーションにおける要求合意
- 129:ビジネスモデルに基づく要求
- 130:ビジネスゴール構造化記法
- 131:保証ケース導入上の課題
- 132:要求のまとめ方
- 133:要求整理学
- 134:要求分析手法の適切性
- 135:CROS法の適用例
- 136:保証ケース作成支援ツールの概要