(前NTTデータ フェロー システム科学研究所長)山本 修一郎
今回は、移行要求について考察する。情報システムへの要求は絶え間なく変化するとともに、情報システムがソフトウェアだけではなく、ネットワークやハードウェアなどの動作環境とともにシステムとして、運用も含めて調達されていることに伴う要求変化を考慮することが大切になっている。
以下では、まず要求工学の教科書から要求変更方法の共通概念を紹介する。このうちの多くの部分は、すでに本連載第8回の要求管理[1]で紹介したことでもある。次にシステム移行で発生する要求変化プロセスが、このようなこれまでの教科書で述べられているように、変更要求の発生を前提にしたプロセスとは異なることを説明する。次いで、このような移行要求を識別するための方法について紹介する。さらに、この方法を適用する上での留意点について解説しよう。
変更管理プロセス
まず、従来の要求工学の教科書 [3][4][5][6][7][8][9]で述べられている変更管理プロセスの比較結果を表1に示した。この表では要求変更活動を、準備、体制構築、実施、完了に分類して比較している。
まず準備段階では、変更管理方針と要求変更計画を策定するとともに、変更管理プロセスや変更要求の記述書式と管理方法を明確化する。また、変更要求のベースラインを作成する必要があることが分かる。
体制構築段階では、いずれも変更管理委員会(CCB, Change Control Board)が必要であるとしている。
実施段階では、要求変更依頼、要求変更内容の分析、要求変更判断、変更結果の通知、利害関係者との合意形成、要求変更の実施、変更活動の計測、要求変更の検証などが必要になる。要求変更内容の分析では、影響分析、追跡性分析、コスト評価、優先順位評価などが必要である。
完了段階では、要求変更の完了判断と完了報告の作成が必要である。
以下では、この表に基づいて、要求変更管理の共通プロセス要素を抽出してみよう。
準備プロセスとして、変更管理計画の作成と変更管理体制の構築が必要になる。
表1 変更管理プロセスの比較(クリックで拡大)
◆変更管理計画
変更管理計画では、変更管理方針、変更管理プロセス、変更管理体制を定義する。変更管理方針の策定では、要求ベースラインの作成基準ならびに要求変更プロセスの開始基準と完了基準を明確化する。要求ベースラインに対して要求変更が発生する。したがって要求変更プロセスを開始するためには、現行の要求ベースラインが必要である。これに対して要求変更の完了基準は、次期要求ベースラインに要求変更が反映されることが必要である。
◆変更管理体制
変更管理体制としては、変更管理委員会(CCB, Change Control Board)を設置する必要があるとされている。実際にはCCBだけで要求変更するのではなく、上位の委員会によってCCBによる方針や計画が承認され、要求変更の実施結果も報告されることになる。
次に、具体的な変更管理活動の内容を整理すると以下のように、①要求変更依頼の受理
- ①要求変更依頼の受理
- ②変更要求アセスメント
- ③影響分析
- ④要求変更判断
- ⑤要求変更実施提案
- ⑥要求変更実施
- ⑦要求変更の検証
- ⑧要求変更報告
となる。
◆要求変更依頼の受理
利害関係者からの要求変更を受け付け、ツールなどで管理する。
◆変更要求アセスメント
要求変更依頼の内容について、正当性、根拠などに基づいて評価する。このとき、頻繁に発生する不安定要求を識別することが重要になる。
◆影響分析
要求変更によるシステムへの影響を分析する。このとき、影響範囲の限定を効率化するためにチェックリストなどを用いることができる。システム全体に影響を与える場合には、包括的要求として識別する。そうでない場合には、個別限定的な要求変更として識別する。
影響分析では、要求と仕様、仕様とシステム要素などの間の依存関係を予め追跡表などで明確にしておく追跡性分析を利用できる。しかし、詳細な追跡性分析を実施しようとすると管理効率が悪くなるという問題がある。
網羅性分析では、影響範囲をどれだけ網羅しているかを確認することで、漏れのない影響分析を実施できる。しかし、網羅性分析も追跡性分析と同じように管理効率とのバランスが重要になる。
◆要求変更判断
要求変更判断では、変更要求の中から次期要求ベースラインで実施する候補を選択する。このためにトレードオフ分析などを用いて、複数の対立する変更要求を調整することになる。
たとえば、コスト評価、価値評価、ROI、優先順位付けなどの評価尺度を定義して、このような要求間の対立を解消する必要がある。実際には、優先順位とコスト評価によって変更要求を選択することが多いだろう。
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- 60:要求とアーキテクチャ
- 61:要求と保守・運用
- 62:オープンソースソフトウェアと要求
- 63:要求工学のオープンな演習の試み
- 64:Web2.0と要求管理
- 65:ソフト製品開発の要求コミュニケーション
- 66:フィードバック型V字モデル
- 67:日本の要求定義の現状と要求工学への期待
- 68:活動理論と要求
- 69:ビジネスゴールと要求
- 緊急:今、なぜ第三者検証が必要か
- 71:BABOK2.0の知識構成
- 72:比較要求モデル論
- 73:第18回要求工学国際会議
- 74:クラウド時代の要求
- 75:運用要求定義
- 76:非機能要求とアーキテクチャ
- 77:バランス・スコアカードの本質
- 78:ゴール指向で考える競争戦略ストーリー
- 79:要求変化
- 80:物語指向要求記述
- 81:要求テンプレート
- 82:移行要求
- 83:要求抽出コミュニケーション
- 84:要求の構造化
- 85:アーキテクチャ設計のための要求定義
- 86:BABOKとREBOK
- 87:要求文の曖昧さの摘出法
- 88:システムとソフトウェアの保証ケースの動向
- 89:保証ケースのためのリスク分析手法
- 90:サービス保証ケース手法
- 91:保証ケースのレビュ手法
- 92:要求工学手法の再利用
- 93:SysML要求図をGSNと比較する
- 94:保証ケース作成上の落とし穴
- 95:ISO 26262に基づく安全性ケースの適用事例
- 96:大規模複雑なITシステムの要求
- 97:要求の創造
- 98:アーキテクチャと要求
- 99:保証ケース議論分解パターン
- 100:保証ケースの議論分解パターン[応用編]
- 101:要求発展型開発プロセスの事例
- 102:参照モデルに対する保証ケース
- 103:参SEMATの概要
- 104:参SEMATの活用
- 105:SEMATと保証ケース
- 106:Assure 2013の概要
- 107:要求の完全性
- 108:要求に基づくテストの十分性
- 109:システムの安全検証知識体系
- 110:機能要求の分類
- 111:IREB
- 112:IREB要求の抽出・確認・管理
- 113:IREB要求の文書化
- 114:安全要求の分析
- 115:Archimate 2.0のゴール指向要求
- 116:ゴール指向要求モデルの保証手法
- 117:要求テンプレートに基づく要求の作成手法
- 118:ビジネスゴールのテンプレート
- 119:持続可能性要求
- 120:操作性要求
- 121:安全性証跡の追跡性
- 122:要求仕様の保証性
- 123:システミグラムとドメインクラス図
- 124:機能的操作特性
- 125:セキュリティ要求管理
- 126:ソフトウェアプロダクトライン要求
- 127:システミグラムと安全分析
- 128:ITモダナイゼーションとITイノベーションにおける要求合意
- 129:ビジネスモデルに基づく要求
- 130:ビジネスゴール構造化記法
- 131:保証ケース導入上の課題
- 132:要求のまとめ方
- 133:要求整理学
- 134:要求分析手法の適切性
- 135:CROS法の適用例
- 136:保証ケース作成支援ツールの概要