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ICTソリューション総合誌 月刊ビジネスコミュニケーション

ビジネスコミュニケーション
第78回 ゴール指向で考える競争戦略ストーリー国立大学法人 名古屋大学 情報連携統括本部 情報戦略室 教授 山本修一郎

国立大学法人 名古屋大学 情報連携統括本部 情報戦略室 教授
(前NTTデータ フェロー システム科学研究所長)山本 修一郎

前回は要求変化について考えた。また、前々回は成功する競争戦略にはよい物語があることを紹介した。今回は、Rinzlerが著書TELLING STORIES-A SHORT PATH TO WRITING BETTER SOFTWARE REQUIREMENTSで提案している、要求を物語のように記述する方法を紹介する。この方法はもともとテクニカルライターだったRinzlerが、開発者にいくら説明されても理解できなかったあるソフトウェアの要求文書を、物語のストーリーのように説明させることで簡単に理解できた体験から生まれた。

以下では、まず要求と物語の関係について考えてみる。次いで要求を記述するための項目を整理する。また、要求の記述構文の類型を紹介する。最後に要求を帳票形式で記述するための方法を紹介する。

物語と要求の関係

物語には、①対立、②主題、③背景、④筋書き、⑤登場人物、⑥視点がある[1]

◆対立

主人公の心の葛藤が物語には必要である。

◆主題

対立点としての心の葛藤に対する主人公の挑戦が、物語の主題としての中心テーマになる。

◆背景

物語には、いつの時代にどんな場所での話なのかという時間的空間的状況が背景として設定されている。

◆筋書き

物語では、主人公が遭遇する一連の出来事が語られる。

◆登場人物

物語には、主人公が心の葛藤に挑戦して成長する過程で経験する出来事の中で出会う、さまざまな人物が登場する。

◆視点

物語を語るためには、語り手が必要である。この語り手の立場が視点である。

これらの物語構成要素を、要求を記述する要素として捉えると、次のようになる[1]

まず、ソフトウェアで解決すべき問題が対立点である。ソフトウェアが提供する、解決策の中心概念としての最上位の要求が主題である。ビジネスが抱える問題状況が背景である。この問題状況を解決するためにソフトウェアが導入される。システムで発生する処理の系列が筋書きである。物語を要求に、出来事をプロセスに置き換えると、要求を一連のプロセスで記述することになる。ソフトウェア要求の記述でよく使うシナリオという用語の意味は、もともと筋書きのことである。人物、機械、ソフトウェアなど活動する主体が登場人物である。ユースケースで使われるアクターも、日常生活では俳優、つまり登場人物という意味で使われている。主体から見た処理の系列が視点である。アクティビティ図や業務フロー図では、アクターの視点ごとに時間的な順序に従って処理を記述する。

したがって、要求と物語の構成要素を比較すると表1のようになる。

表1 物語と要求の関係(クリックで拡大)

表1 物語と要求の関係

要求には物語(ストーリー)がある

物語には一連の出来事についての記述がある。たとえば、イソップ物語にあるウサギとカメの話だと、まずウサギがカメの足が遅いことを笑い物にする。怒ったカメがウサギと競争しようと提案する。競争が始まると、カメの姿が見えなくなるほど最初はウサギが先行する。気が緩んだウサギが昼寝すると、カメが着実に進行して、目的地の山のふもとに到着する。ウサギが目を覚ますと大喜びするカメの姿を見て落胆する。

ウサギがカメの足が遅いことを笑い物にすることで、物語の対立点が最初に紹介される。この物語の主題は明示されてはいないが、「努力が才能に勝利する」ことであろう。この世の中にはウサギがいかに多いことか。イソップ物語が書かれた時代から何千年も経つというのに、人類はあまり進歩していないということかもしれない。それはさておき、背景は出発点と目的地(ゴール)となる山のふもとがある場所である。筋書きは前述した通り。登場人物はウサギとカメだ。物語の視点はウサギとカメを客観的にみる第三者ということになる。

この物語には、①問題の識別、②対決策の提案と合意、③着実な実行、④勝利による問題の解決という4つの出来事がある。データフロー図では、ウサギとカメの心理状態と競争上の位置の変化がデータフローのラベルになる。

データフロー図では、外部環境としてウサギとカメを記述することができる。ウサギとカメの物語に対するデータフロー図を図1に示す。ここで、データフローを曲線ではなく縦と横の直線で記述している点を注意しておく。これはRinzlerが、曲線を使わないほうが余分なことを考える必要がなくなり作図が効率化できるようになるだけでなく、属人性を排除できると主張しているためである。筆者もデータフローは曲線を使いたい方なので、この主張には半信半疑だったが、作図してみると確かに悪くないと思うようになった。データフロー図は美しいかどうかが問題なのではなく、データフロー図として妥当かどうかが大切だからである。なお、本稿ではウサギとカメの話を例にデータフロー図を説明したが、Rinzlerの本では、赤ずきんを例にしているので注意しておく。

図1 ウサギとカメ

図1 ウサギとカメ(クリックで拡大)

このように、データフロー図で全体の筋書きを図式的に記述しておき、データフロー図に現れた各プロセスを文章で記述することにより、物語を記述できる。この物語をシステムとして捉えると、足の速いウサギと足の遅いカメを入力として、落胆するウサギと笑うカメを出力することがわかる。つまりウサギとカメの物語は、ウサギとカメの状態を変化させるためのシステムなのである。

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第59回以前は要求工学目次をご覧下さい。


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