(前NTTデータ フェロー システム科学研究所長)山本 修一郎
5月22日に第9回の要求シンポジウムが開催される。今回の要求シンポジウムのテーマは、イノベーション領域とモダナイゼーション領域という、2領域に分けて情報システムのあり方が検討されるようになっていることから、「教科書どおりの要求合意がうまく当てはまらないという課題への取組み」だ。
イノベーション領域では、先が見えない中でビジネス価値を生む新たな情報システムを創造する。これに対して、モダナイゼーション領域では、大規模、複雑化、有識者不在の中で、既存の情報システムを現代化する。
この2領域でどのような「要求合意」が求められているのか?参考となる要求合意手法はどのようなものか?
筆者も、「IoT時代のITイノベーションとITモダナイゼーションの課題」と題して、この問いについて特別講演する予定だ。今回は、この特別講演の内容について紹介しよう。
ITモダナイゼーションのモデル
OMGでは、ITモダナイゼーションのモデルとして、アーキテクチャ駆動モダナイゼーション(Architecture Driven Modernization)[2]について、検討している(図1)。
図1 アーキテクチャ駆動モダナイゼーションADMの例(クリックで拡大)
ADMは、ビジネスアーキテクチャ、情報システムアーキテクチャ、テクノロジーアーキテクチャからなる階層的なアーキテクチャに基づいて、現行アーキテクチャ(ベースラインアーキテクチャ)を将来アーキテクチャ(ターゲットアーキテクチャ)に移行する。階層アーキテクチャに基づいて、移行活動は、ビジネス変換、論理変換、物理変換からなる。この階層的なアーキテクチャに基づくモダナイゼーションは馬蹄モデル(Horseshoe model)と呼ばれている。
アーキテクチャをビジネスアーキテクチャ、情報システムアーキテクチャ、テクノロジーアーキテクチャから階層的に定義する方法は、オープングループのエンタープライズアーキテクチャフレームワークTOGAFで用いられている。TOGAFではベースラインアーキテクチャに基づいてターゲットアーキテクチャに移行するためのアーキテクチャ開発手法ADM(Architecture Development Method)を提供している(図2)。ADMでは再利用可能ビルディングブロックとしてアーキテクチャビルディングブロック(ABB)とソリューションビルディングブロック(SBB)を活用する。現行システムのうち、再利用できる部分はABBとSBBとしてターゲットシステムで再利用される。また、TOGAFではADMサイクル全般にわたってアーキテクチャ要件を管理している。さらに、TOGAFでは実装されたアーキテクチャが想定したビジネス価値を達成しているかを監視することにより、必要があれば新たなアーキテクチャの作成に着手する反復的なプロセスが定義されている。
図2 TOGAFアーキテクチャ開発手法の例(クリックで拡大)
このように、ITモダナイゼーション手法としてTOGAFを活用できることが分かる。
ITモダナイゼーションの目的
DODによって計画されたITモダナイゼーションの例を表1に示す。DODのITモダナイゼーションでは、IT基盤の統一、プロセスの合理化、組織の強化を狙いとして10個の目的が提示されている。この表はITモダナイゼーションのゴール要求を定義していると考えることができる。したがって、合意すべきITモダナイゼーション要求の例になっている。
表1 DODによるIT モダナイゼーション計画(クリックで拡大)
IT基盤の統一では、①エンタープライズNWの共通化、②DODエンタープライズクラウドの展開、③ITプラットフォームの標準化が計画されている。このことから、今後、日本でも、NWの共通化とともに、基盤のクラウド化とオープン標準への移行がITモダナイゼーションで重要になることが分かる。
プロセスの合理化では、アジャイルITの実現とエンタープライズアーキテクチャが同時に計画されている点が注目される。エンタープライズアーキテクチャによって組織のIT全体を最適化することがアジャイルITを実現するのである。またIT投資整合性の強化を確認するためにも、ITの全体最適化が必要であるから、エンタープライズアーキテクチャの効果を向上する必要がある。
ITイノベーション
シュンペーターによれば、「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」が、イノベーションである。ここで、経済活動における生産手段や資源、労働力などが構成要素であり、新結合が構成要素関係であると考えることができる。つまりイノベーションとは、既存要素を再利用して、新たに関係づけるアーキテクチャなのである。
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- 60:要求とアーキテクチャ
- 61:要求と保守・運用
- 62:オープンソースソフトウェアと要求
- 63:要求工学のオープンな演習の試み
- 64:Web2.0と要求管理
- 65:ソフト製品開発の要求コミュニケーション
- 66:フィードバック型V字モデル
- 67:日本の要求定義の現状と要求工学への期待
- 68:活動理論と要求
- 69:ビジネスゴールと要求
- 緊急:今、なぜ第三者検証が必要か
- 71:BABOK2.0の知識構成
- 72:比較要求モデル論
- 73:第18回要求工学国際会議
- 74:クラウド時代の要求
- 75:運用要求定義
- 76:非機能要求とアーキテクチャ
- 77:バランス・スコアカードの本質
- 78:ゴール指向で考える競争戦略ストーリー
- 79:要求変化
- 80:物語指向要求記述
- 81:要求テンプレート
- 82:移行要求
- 83:要求抽出コミュニケーション
- 84:要求の構造化
- 85:アーキテクチャ設計のための要求定義
- 86:BABOKとREBOK
- 87:要求文の曖昧さの摘出法
- 88:システムとソフトウェアの保証ケースの動向
- 89:保証ケースのためのリスク分析手法
- 90:サービス保証ケース手法
- 91:保証ケースのレビュ手法
- 92:要求工学手法の再利用
- 93:SysML要求図をGSNと比較する
- 94:保証ケース作成上の落とし穴
- 95:ISO 26262に基づく安全性ケースの適用事例
- 96:大規模複雑なITシステムの要求
- 97:要求の創造
- 98:アーキテクチャと要求
- 99:保証ケース議論分解パターン
- 100:保証ケースの議論分解パターン[応用編]
- 101:要求発展型開発プロセスの事例
- 102:参照モデルに対する保証ケース
- 103:参SEMATの概要
- 104:参SEMATの活用
- 105:SEMATと保証ケース
- 106:Assure 2013の概要
- 107:要求の完全性
- 108:要求に基づくテストの十分性
- 109:システムの安全検証知識体系
- 110:機能要求の分類
- 111:IREB
- 112:IREB要求の抽出・確認・管理
- 113:IREB要求の文書化
- 114:安全要求の分析
- 115:Archimate 2.0のゴール指向要求
- 116:ゴール指向要求モデルの保証手法
- 117:要求テンプレートに基づく要求の作成手法
- 118:ビジネスゴールのテンプレート
- 119:持続可能性要求
- 120:操作性要求
- 121:安全性証跡の追跡性
- 122:要求仕様の保証性
- 123:システミグラムとドメインクラス図
- 124:機能的操作特性
- 125:セキュリティ要求管理
- 126:ソフトウェアプロダクトライン要求
- 127:システミグラムと安全分析
- 128:ITモダナイゼーションとITイノベーションにおける要求合意
- 129:ビジネスモデルに基づく要求
- 130:ビジネスゴール構造化記法
- 131:保証ケース導入上の課題
- 132:要求のまとめ方
- 133:要求整理学
- 134:要求分析手法の適切性
- 135:CROS法の適用例
- 136:保証ケース作成支援ツールの概要